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(書評)第157回「大地のゲーム」(綿矢りさ 著)☆大震災と学生運動をモチーフに、極限状態における人間の希望を描いた異色の青春小説☆

2013年7月発刊。単行本160ページ。21世紀の終盤、大震災の影響で原発が廃止されて、ネオンが煌めく明るい夜を失くしたこの国に、1年以内にまた、同規模の巨大地震が襲うと予知された世界を描く、ディストピア小説です。第2の地震が来るという政府の警告に抗い、大学のキャンパスで寝泊まりを続ける学生たちは、カリスマ的リーダーに希望を求めますが・・・。極限状態において私たちは何を信じて、何を生きる希望とするのか。大震災と学生運動をモチーフに、極限状態における人間の絆を描いた、異色の青春小説です。3.11の大震災から2年しか経っていない時期に書かれました。著者なりの3.11に対する回答が描かれています。

冒頭は「いつか力尽きるから美しい。その美しさからは逃れられない」という綿矢さんらしい、とても印象的な一文から始まります。物語の舞台は、早稲田大学がモデルと思われる大学のキャンパスです。学園祭を2週間後に控えた学生たちが、半年前の「あの夏」に起こった大震災と凄惨な事件に向き合いつつ生活をしています。1年以内にまた、同規模の巨大地震が襲うと予知された中で、学生たちは「非日常」を生きています。多くの学生たちは、倒壊した家には帰らずに「大学のキャンパス」という限定された「囲い」の中で寝起きしています。異常な環境に生きる「私」をはじめとする大学生たちが、学園祭に向けて準備をする様子を描いていきます。

登場人物は、主人公の「私」と「私の男」と呼ばれる恋人と「反宇宙派」を名乗る思想団体のカリスマである「リーダー」、マリと言う美少女の4人です。4人は首都を襲った大地震を生き延びた大学生です。私は男と付き合いつつも、カリスマである「リーダー」に惹かれています。いっぽうリーダーはマリを自分の女にしています。

大講堂の2階にある劇場準備室で、主人公の私は、学園祭での政治劇に使う衣装を縫っています。そこへマリが「かくまってくれない?あの人たち、私を大学じゅう追いまわして、いまもこの建物の下にいるの」と部屋に駆け込んできます。私は海賊劇で使った大きな宝箱の蓋を開けて「私がなんとか言って、追っぱらってあげる」とマリを箱の中に匿います。その時、外から大勢の人間がざわついている気配と拡声器の声が聞こえてきました。「我々は、宇宙を疑うべきである!青空の果てに広がる漆黒の世界、はたしてそんなものが、本当にあるのだろうか?」と30人ほどのデモ隊が行進していました。私はそれを見て「中途半端なデモ行進」だと思います。デモ隊が去った後、講堂前の広場に、女子グループがいるのを見つけた私は、彼女たちが去っていくのを見て、マリに「もう出てきていいよ。あいつら行っちゃったから」と声をかけます。私はマリに「もう大学に来るの、よしたら?」とアドバイスしますが、マリは「自分の居場所は自分で決めたい」と言ってお礼をして部屋を出ていきます。

あの夏の日、未曾有の大地震が私たちを襲って以来、私は家にはもうずっと帰っていません。私のほかにも、たくさんの学生たちが、キャンパスに住みついて寝泊りしていました。家や下宿先が倒壊して、本当に帰る場所がない学生もいれば、家は無事だったのに、あの日以来取り憑かれたように、大学から離れない学生もいるのでした。近親者を亡くしたショックや、激変した環境に馴染めないで、自殺する人間が後を絶ちません。いっぽう政府は、1年以内にあの夏の大地震よりもひどいか、同程度の揺れが、再び私たちを襲うと断言しています。そして対象地域一帯に避難勧告を出していました。この大学も対象地域に含まれていました。すでに「カウントダウン」は始まっていました。いっぽう、大学の構内では「スクールドラッグ」が蔓延して、その常用のせいで「ゾンビ」化した学生が多発して、キャンパスの治安が悪化します。私は、この構内に寝泊りする限りは、完全な安全なんかありえないと感じます。

先人たちの努力で、この国は原子力エネルギーという主力を失ったあとも、蓄電技術の発達により、なんとか国としての機能を保っていました。国民の平均寿命は年々短くなり、去年ついに女性は70代後半、男性は60代後半となります。さらに首都の移転計画も本格的に進み、10年をかけての遷都に国は沸いています。

作中、時代も場所も、明らかにされていません。ただ21世紀の末の都会ということだけは読み取れます。往年の「学生運動」を彷彿させるような、大学を占拠して、そこに住みつく学生たちの日々が描かれています。いっぽうでこの作品は、男と女の「四角関係」も描かれています。私と私の男とマリとリーダーという4人です。「男たちに嫌な顔をさせず、喜んでそわそわさせる、独特のオーラが出ている」マリは、マリいじめをする女子グループに狙われています。そんなマリを匿ったりもする私は、マリに嫉妬と憎悪(殺意)を抱きながら、私の男がいるにも関わらす、リーダーのことを思い続けています。さらに、学園祭の準備に奔走する学生たちの姿が描かれるなど「学園もの」といった雰囲気もあります。実際に章題も「学祭二週間前」「学祭一週間前」「学祭二日前」「学祭当日」となっています。大地震災害が起きて、再び起きるであろう大地震におびえながら生活する学生たち。この作品の背景には、大地震災害の影が常について回ります。学園祭までのカウントダウンが、次の大地震へのカウントダウンにもなっているという、明と暗の2つのカウントダウンが並行して進んでいく。それがこの不思議な雰囲気のある物語の「核」なのだと思いました。

綿矢りさ

学園祭当日。私たちの政治劇が終わり、リーダーが演説をしている最中に、ついに2度目の大地震が起こります。建物が激しく崩落する混乱の中で、私はマリを殺そうと思いたち、結局思いとどまります。私の男も、かつてマリに付きまとっていたニムラという男を、期せずして殺してしまった自責の念から、自殺しようと考えます。殺人と自殺願望、愛情と殺意。それがこの作品が「未来版 罪と罰」と言われるゆえんだと思います。結局、私と私の男とマリは助かりますが、リーダーの生死は不明となります。

タイトルの「大地のゲーム」の意味は、著者が「不謹慎かなと思いましたが、地震がどこで起こるかというのは、ルーレットみたいなものじゃないかという感じがして・・・私たちはそういう大地の賭けの上に乗っかって生きている」という言葉が示しています。

震災からたった2年後という時代に、こんなにも生々しい震災後の光景を描いた作品を刊行するというのは、とても勇気が必要だったのではないかと思います。重過ぎるテーマを扱っている反面、物語が私の周囲のごく狭い人間関係から出ていかないところが「セカイ系」のようだとも感じました。

「綿矢節」があまり感じられないところが、評価の別れる点だと思います。私は不完全ながらも、新境地に踏み出した勇気に、賛美を送りたいと思います☆


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