離婚を切り出した時、妻はこう言った
「もう無理だ」
そう言って、離婚を切り出した。
食事だけだったなら、
まだ違ったのかもしれない。
食事だけで終わっていたなら、
きっとこんなふうにはならなかった。
でも、不貞があった。
そこを越えた時点で、
自分の中ではもう終わっていた。
許すとか、
やり直すとか、
そういう種類の話じゃなかった。
頭にきていた。
怒っていた。
でも、それ以上に、
ひどく疲れていた。
憔悴していた、
という言い方のほうが近いかもしれない。
何をどう考えればいいのか、
何を優先して決めればいいのか、
もう分からなかった。
ただ一つだけ、
はっきりしていたことがある。
相手も、妻も、許せない。
それだけだった。
訴える。
地獄を見せる。
そんな言葉が、
自分の中を何度も往復していた。
その時の自分には、
それしか残っていなかった。
妻の返事は、ずっと同じだった。
「離婚したくない」
「ごめんなさい」
何度も、
何度も。
泣きながら、
繰り返していた。
正直、
言い訳が聞きたかったわけじゃない。
理由を知ったところで、
何かが戻るわけでもない。
それでも妻は言った。
軽いノリだった。
ストレス発散みたいなものだった。
調子に乗っていた。
そう言った。
その瞬間、
余計に無理だと思った。
それなら、不倫してもいいのか。
軽い気持ちなら、
人を裏切ってもいいのか。
俺とは、
価値観が違いすぎた。
理解できなかった。
というより、
軽蔑していた。
あの夜、
3時間以上は話したと思う。
もっと長かったかもしれない。
でも、
正直ほとんど覚えていない。
それくらい、
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
怒りと、情けなさと、
現実感のなさが、
ずっと混ざり合っていた。
ただ、
一つだけは覚えている。
妻は最後に言った。
「なんでもする」
GPSをつけてもいい。
飲みにも行かない。
どこで何をしているか、
全部伝える。
携帯をやめてもいい。
だから、
離婚したくない。
そう言った。
たぶん、
それが妻なりの必死さだったんだと思う。
でも、
俺からすれば
そんなことはどうでもよかった。
今さらだった。
過去は変えられない。
失ったものは、
もう戻らない。
その夜、
夫としての何かが、
完全に終わった気がした。
