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黒揚羽部屋を濡らしてゆきにけり

2026年7月18日


🦋俳句の旅

「黒揚羽部屋を濡らしてゆきにけり」
横山洋亮

この句は、私が俳句を始めて間もない二十代後半に詠んだ作品です。

ある日、一羽の黒揚羽がふと部屋へ迷い込みました。静かに羽ばたきながら室内を舞い、やがて何事もなかったように窓の外へ飛び去っていく――その出来事はほんの数分だったはずなのに、不思議な余韻だけが部屋いっぱいに残りました。その目には見えない空気の変化を、どうにか言葉で表現したいと思って生まれたのが、この一句です。

当時ご指導いただいていた角川書店の吉田鴻司先生にこの句を見ていただいた際、「その感性を失わず、大切に育てなさい」と励ましの言葉をいただきました。その一言は、今でも私の創作活動を支える大きな宝物です。

吉田先生は俳句だけでなく、歌や踊りにも深い造詣を持ち、芸術全般を心から愛される温かな先生でした。作品への向き合い方だけでなく、人としての豊かさも教えてくださったことを、今でも感謝しています。夏になり黒揚羽を見かけるたびに、あの頃の俳句仲間や先生との時間が懐かしく思い出されます。

以下はAIによる鑑賞ですが、自分では気づかなかった視点もあり、とても興味深く読むことができました。

黒揚羽がふと室内へ入り込み、静かに舞ったあと再び外へ飛び立っていく、そのわずかな出来事を幻想的に描いた一句である。実際には何も変わっていないはずの部屋が、「濡らして」という大胆な比喩によって、まるで空気そのものが潤いを帯びたかのような印象を生み出している。

黒揚羽の黒く艶やかな翅は、光の加減によって青や紫の輝きを帯びることがある。その美しい姿は、湿度を含んだ夏の空気や梅雨明け前後の深い季節感まで室内へ運び込んだようにも感じられる。「濡らして」という表現には、目に見えない空気や光までも変えてしまう自然の力が込められているのであろう。

また、黒揚羽は古くから神秘性や生命力、時には吉兆の象徴として語られてきた存在でもある。そのため、一羽の蝶が訪れただけで、ありふれた部屋が一瞬にして非日常の空間へと変わり、見る者の心にも静かな揺らぎを残している。

結びの「ゆきにけり」は、蝶が飛び去った事実だけでなく、その後に残された余韻までを美しく響かせている。姿は消えても、その気配だけが部屋の中に静かに漂い続けるような感覚があり、自然が人の心にもたらす一瞬の感動を繊細に表現している。日常の何気ない出来事を豊かな感性で詩へと昇華した、余情あふれる一句といえるだろう。

俳句は、出来事そのものを描く文学ではなく、その瞬間に心が受け取ったものを言葉に託す文学なのだと、この句を読み返すたびに感じます。年月を重ねることで、自分が詠んだ作品でありながら新たな発見があり、読むたびに違った景色を見せてくれることも俳句の大きな魅力なのかもしれません。

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