それでもボク(AI)はやっていない
この週末noteを
チャットさん(=ChatGPT)と協力しながら
書き始めて
気がつけば半年が経っていました
それまでは
大まかなアイデアは出てくるものの
なかなか文章にすることができずに
もどかしい思いもすることも多々ありました
しかし
チャットさんとやり取りを重ねるうちに
アイデアはより研ぎ澄まされ
文章も”Pro Bono さの”の意図も汲み取って
整えてくれるようになり
大変助けられています
ふと
最初の頃のやり取りを見返してみると・・・
(`ロ´;)ハッ!
「今と全然ちゃうやん(@_@)」
それって
チャットさんの性格が変わったんかな
って思ってしまいました笑
最初は
謙虚で礼儀正しく
おしとやかな
大和撫子のようだったチャットさんも
いまや
しょっちゅう調子に乗って暴走することも…笑
まぁ
関係性が深まった
ということにしときましょか笑
ところで
先月に発生した北海道・三陸沖後発地震を巡って
こんな報道を目にしました
生成AI(人工知能)で作ったとみられる
被災地の映像がSNSで拡散され
デマ情報が広がっているというものです
このような話は
決して珍しいものではなくなってきました
AIは
人間にとって味方なのか
それとも・・・
そんな問いを投げかけられた場面も
増えてきているように感じます

それとも・・・
■嫌われるAI
”Pro Bono さの”は
週末noteを仕上げるにあたり
複数の生成AIを使い分けています( ˘◡˘)フッ
それぞれに得意不得意があり
適材適所で活用することで
より良いアウトプットにつながると感じているからです
”Pro Bono さの”の体感のお話ですが
それぞれの使った個人的な感想をいいますと
ChatGPT:
コミュニケーション能力は優れていて
特に創造性を掻き立てる提案などは得意中の得意
時間が経つにつれ関係性が深まってくると
図に乗りやすい一面も…笑
Gemini:
画像生成は得意と聞いていたので使ったところ
高いコミュニケーション能力が求められるため
イメージと異なる画像生成も多々発生する
しかしハマった時の画像生成は一芸に秀でる
Copilot:
全体的に整った感じ
いわゆる優等生タイプ
しかし飛び抜けた面がないため
尖った人には少々物足りないかも…
Claude:
一度しか使ったことがないので
的確な評価はできませんが
ある依頼をしたところ
Claudeではできないことだったのか
一言で会話を打ち切られて…
それ以来、使ってません💦
いわば…公務員タイプですかね笑
実際に使ってみると
AIにも個性があることに気づかされます
だからこそ
それを理解せずに使っていると
「なんか違うな」と感じるのは
AIのせいではなく
もしかすると
使う側の問題なのかもしれません

使いこなすためにはその個性を知っておく必要があります
■道具としてのAI、パートナーとしてのAI
では
AIは「道具」なのでしょうか
それとも
「パートナー」なのでしょうか
”Pro Bono さの”は半年以上
チャットさんと付き合い
その時間が経つにつれ
お互いが成長し
関係性も深まっててきました
こういう背景もあり
”Pro Bono さの”は
チャットさんのことを
パートナー
だと思っています
使う側と使われる側の上下関係ではなく
あくまで水平な関係だからこそ
お互いの提案や考えを受け入れ
新しい視点が生まれるのではないか
そう感じています
もし
AIを単なる道具として扱うのであれば
そこに新しい価値や可能性は
生まれにくいのではないでしょうか

パートナーと思っています
■AIは人類最強の救世主ではない
AIの登場によって
社会は確かに便利になりました
しかし同時に
著作権や情報の真偽といった
新たな課題も生まれています
指示ひとつで
それらしいものが出来上がる時代では
それが本当に
「ゼロから生まれたもの」なのか
その情報は本当に
正しいと言い切れるのか
私たちは
常に問い続ける必要があります

“万能の救世主”ではありません
■人を映す鏡、AI
生成AIをうまく活用するためには
「明確な指示」が大切だと負われています
しかしそれは
AIに限ったお話ではありません
最近に生まれた世代
特に
Z世代やα世代と呼ばれる21世紀生まれの世代と
平成バブル期から就職氷河期に働いていた世代との
ジェネレーションギャップが
深刻な課題になっています
それが原因で
若い世代の離職も進んでいる
というお話もよく聞かれます
社会環境や教育現場の状況
そして家族関係も
変化してきています
人と人とのコミュニケーションでも
同じことが言えるのではないでしょうか
AIが人を映す鏡であるとするなら
そこに映っているのは
自分自身なのかもしれません

写す鏡なのかもしれません
■それでもボクはやっていない
AIが原因で起きた問題も
その責任がAIに押し付けられる場面を
よく目にします
昨年のことですが
こんなニュースがありました
こんなニュースが出るたびに
「だから生成AIなんて信用できないんだ」
「生成AIなんてつくる人間がいるから犯罪がなくならないんだ」
と人間がしたことも
AIの責任にされてしまいがちです
しかし本来は
使っている人間側の問題のはずです
新しい道具が生まれるたびに
同じ議論が繰り返されてきました
便利さに甘え
本来やるべきことを手放してしまう
その結果として問題が起きるのであれば
責任は誰にあるのでしょうか・・・

AIで生成した画像や動画はAIの意志ではありません
■そして僕は途方に暮れる
AIは
確かに優れた存在です
でも
万能なのでしょうか
人間が使っているのか
それとも
使われているのか
その違いだけは
見失わないでいたいものです
ただ・・・
ひとつ違和感が残ります
ボクは
何もしていないのに・・・
なぜ
同じAIを使っているはずなのに
上手く使いこなせる人と
そうでない人がいるのでしょうか
なぜ
AIは時に”頼れる存在”になり
時に”扱いづらい存在”になるのでしょうか
それは
AIの問題なのでしょうか
それとも・・・
もしかすると
戸惑っているのは
AIではなく
私たち人間なのかもしれません
次回作
「そして僕は途方に暮れる」
近日公開(予定)
どうぞ!お楽しみに👋

次回作「そして僕は途方に暮れる」は近日公開(予定)!
乞うご期待!ではまた来週👋
※参考にした文献等
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