【完全保存版】PRO-Keds(プロケッズ)とは?歴史・名作モデルを徹底解説#PR
「スニーカー、何履いていますか?」
街を見渡せば、ナイキやニューバランス、あるいはコンバース。もちろん、それらは素晴らしい名作です。私も嫌いじゃありません。 でも、ふと思うんです。 「周りと同じ靴で、本当に満足?」 と。
私がPRO-Keds(プロケッズ)というブランドにのめり込んだきっかけは、単純な憧れからでした。 昔、ファッションの教祖的存在だった藤原ヒロシさんが雑誌で紹介していたスニーカー。それがPRO-Kedsだったんです。 当時の衝撃は今でも忘れられません。以来、私はこの「スニーカーカルチャーの良心」とも言えるブランドを追いかけ続けています。
今回は、ただのファンである私が、スニーカー好きのあなたと繋がりたい一心で、この愛すべきブランドの魅力を語り尽くします。

1. 「プロ」の名は伊達じゃない。NBAの伝説と共に
まず、これだけは言わせてください。PRO-Kedsは「Kedsの派生ライン」なんて軽いものじゃありません。 1949年生まれ。ブランド名の「PRO」は、当時の**「本気のプロバスケットボールプレイヤー向け」**という強烈なプライドの証なんです。
NBA(当時はBAA/NBL)の初代スーパースター、ジョージ・マイカンをご存知でしょうか? マイケル・ジョーダンよりもずっと前、1950年代にレイカーズで5回も優勝した伝説のセンター。彼が履いていたのが、他ならぬPRO-Kedsでした。 つまり、今のバッシュの歴史はここから始まったと言っても過言じゃない。歴史の重みが違うんです。

2. NYのストリートが選んだ「Uptowner」
私がPRO-Kedsを好きなもう一つの理由。それは、この靴が「きれいなコートの上」だけでなく、「コンクリートの路上」で愛された歴史を持っているからです。
70年代のニューヨーク。ブロンクスやハーレムのB-BOYたちは、PRO-Kedsを親しみを込めて「Uptowner(アップタウナー)」と呼びました。 ヒップホップの創始者の一人、DJクール・ハークも履いていたという記録があります。SuperstarやAir Force 1が爆発的に流行るその少し前、ストリートの足元を支えていたのはこのブランドだったんです。
この「泥臭いかっこよさ」が、たまらないんですよね。

3. 個人的「これだけは履いておけ」な2足
「じゃあ、何を買えばいいの?」という方へ。 迷ったらこの2つです。私の偏愛も入っていますが、間違いありません。
① Royal Plus(ロイヤルプラス) 私の大本命。スエード素材のモデルです。 コンバースのオールスターに似ている? いえいえ、実物を見ると全然違います。ポテッとした愛らしいボリューム感と、サイドの「パワーストライプ(2本線)」。 特にスエードの発色が最高で、履き込むほどに自分の足の形に馴染んでいく過程は、もはや「育成」です。
② Royal America(ロイヤルアメリカ) こちらは1949年生まれの元祖。キャンバス素材です。 トゥ(つま先)に入った赤と青のライン。これがチラッとパンツの裾から見えるだけで、「あ、この人わかってるな」ってなるんです(私だけでしょうか?笑)。
4. 私の原点。「ラストコロンビア」というロマン
ここが一番語りたいポイントです。 私がPRO-Keds沼に落ちた決定打。それが「ラストコロンビア」の存在です。
90年代〜2000年代初頭、PRO-Kedsにはコロンビア製のモデルが存在しました。 当時のコロンビア工場閉鎖に伴い、日本国内で「これが手に入る最後のコロンビア製だ=ラストコロンビア」として話題になり、市場から一瞬で姿を消しました。 これを雑誌で紹介し、ブームに火をつけたのが藤原ヒロシさんです。
「もう二度と手に入らないかもしれない」 そんな枯渇感が、当時のスニーカーヘッズたちを熱狂させました。 今でも古着屋でインソールに「Made in Colombia」の文字を見つけると、心臓が跳ね上がります。現行品よりも少しシャープなつま先、独特の雰囲気……。もし見つけたら、サイズが合わなくても保護してあげてください(笑)。

5. 最後に:スニーカー好きのあなたへ
ハイプスニーカーをプレ値で追いかけるのも楽しいですが、一周回って「自分のスタイルがある靴」に戻りたくなりませんか?
他人と被りにくい(「それどこの?」と聞かれる快感)
どんなパンツにも合う懐の深さ
語れる歴史がある
流行り廃りに関係なく、自分の人生に寄り添ってくれる靴。それが私にとってのPRO-Kedsです。
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