がん老化という現実
最近、急に老化してきたと感じることがある。調べてみたら、「がん老化(cancer-related aging)」がヒットした。がんそのものやがん治療によって、生物学的老化が促進される可能性を指す研究上の概念である。近年の老年医学・腫瘍学では重要な研究テーマとなっており、特に化学療法、放射線療法、一部の分子標的薬は、細胞老化や慢性炎症を促進する可能性があることが分かってきた。
がんでは、がん細胞と免疫細胞などとの相互作用によって慢性的な炎症が生じ、筋肉量低下、疲労、食欲低下などにつながることがある。私の場合は、さまざまな変化があるが、一言でいえば倦怠感が増えた。これが、「がん老化」である。
抗がん剤はがん細胞だけではなく、骨髄、血管、筋肉、神経、免疫細胞にも影響する。その結果、筋力低下、認知機能低下、持久力低下、骨密度低下、フレイル(虚弱)が進むことがある。こうした化学療法と老化との関係は、「Chemo-aging(ケモ・エイジング、化学療法老化)」などと表現されることもある。
実年齢とは別に「身体がどれだけ老化しているか」という生物学的年齢を把握する指標がある。最近では、DNAメチル化年齢*1、テロメア長*2、炎症マーカー*3、筋力、歩行速度などから推定される。高齢、筋肉量の低下、慢性疾患、運動不足、低栄養、長期にわたる治療などはフレイルや身体機能低下と関連して、リスクが高いと考えられる。
化学療法後にDNAメチル化に基づく生物学的年齢の指標が進むことを示した研究もある。ただし、研究はまだ限られており、すべての患者に同じ変化が起こるわけではない。私は回復するのか、気になるところだ。
昨年8月にがん宣告を受けて、9月から治療を開始して、どんどん筋力が落ちていった。よく転ぶようになり、階段の上り下りは手すりをつかまらないと怖くて歩けなくなった。
もちろん、治療中に起きる身体の変化をすべて「老化」で説明できるわけではない。化学療法では副作用として倦怠感が強く出る。身体が重く感じる、だるい、やる気が起きないなどの症状に悩まされた。
例えば、オキサリプラチンによる末梢神経障害で、手足の指や口唇などに痺れが出たり、冷たいものに触れたり飲んだりすると強い異常感覚が起きる。何よりも嫌なのが、手に持ったものをよく落とすようになったこと。落ちたものを拾うのも一苦労だが、一度、組み立て家具を持った際に鉄製の部品が足の親指に落ちて、爪が真ん中から割れて、外科に行く騒ぎとなった。爪が完全に治るまでには数ヶ月かかり、その間、親指にはずっとシリコン製のキャップを被せていた。
冷感過敏もひどかった。ちょうど冬の時期だったので、素手で手すりを触ることができず、冷たい風が顔にあたって顔面全体が痺れた。常温の水も飲むことができず、白湯を作っていた。
オキサリプラチンは、予定通りに8サイクル目で中止となり、冷感過敏はすぐに消えたが、痺れは15サイクル目の今も残っている。これは、蓄積性の副作用で、投与を中止しても完全に治るまでに時間がかかるケースや、完治が難しいケースがある。抗がん剤による末梢神経障害は、いろいろながんで起きていて、がん患者を悩ませている。
がんや治療に伴う身体機能の低下を抑えるためには、適切な運動によって筋肉量や身体機能を維持することが重要で、フレイル予防にもつながることが多くの研究で示されている。最近、調剤薬局でフレイル予防の啓発ポスターをよく見るようになった。
フレイルは、身体だけではない。気持ちも、社会とのつながりも衰えていく。三つは互いに影響し合い、悪循環になる。がん患者は、体調に応じて活動量を調整し、体調が悪い日は無理をせず休むことも大切である。大学教授という職業は裁量労働であり、私は合理的配慮も認められているので、これを実践できている。
病気によって死が近いのは納得しているが、老化が進むのは嫌だ。
*1:遺伝子の働きを調節する化学修飾(メチル基)のパターンから、体の実際の老化度合いを示す「生物学的年齢」を推定する技術で、エピジェネティッククロック(DNAメチル化時計)と呼ばれ、生活習慣や健康状態によって変化する。
*2:染色体の端にある「テロメア」の長さのことで、一般に細胞分裂などに伴って短縮し、細胞老化との関連が研究されている。これが短くなると細胞が老化する。
*3:体内で炎症や組織の損傷が起きているかを調べる血液検査の項目のことで、代表的なものにCRP、白血球数(WBC)、赤血球沈降速度(赤沈・ESR)がある。
