利他主義ー教育の本質を表す概念ー
最近、利他主義という言葉に注目している。以前、英語の論文を書いている時、優れた教師の本質として利他主義的な資質や態度があると指摘した。これは事例研究の結果、優れた教師達に利他主義的な資質、行動、文化、つまりdeedが見られたためである。考えてみれば、教師を仕事として選ぶ人の大半は、教育という公共的営みに貢献する意思を持っている。この公共的営みへの貢献の核心は、利他主義である。利他主義とは、自分の利益メインではなく、他者の利益への貢献を重視して行動することを意味する。教育で言えば、子どもの最善の利益や児童生徒の成長を重視することにつながる。
利他主義の反対語は利己主義(egoism)である。利他主義は英語では、altruismである。altruismは、フランス語の autrui(他の人たちの)とism(主義)を結合した単語である。alter(変える)は語源を同じくする単語である。altruismとalterが同じ語源群の言葉であることは偶然ではないように思う。利他主義に変わることが人の成長であり、教師であれば利他主義という職業倫理の獲得が、優れた教師に変わることにつながるからである。利己主義の教師に児童生徒は集まるだろうか。もし、信頼を得られる教師になりたい場合、利他主義の精神を考慮すると良い。
ここで、精神、つまりスピリットという言葉を使った。これも大事である。単に利他主義を目指すのではなく、学級担任ならば4月からの1年間、利他主義を目指すスピリットを持つ必要がある。魂を込めると仕事の質が高まるからである。
今日、政策的に、個別最適な学び、協働的な学びが推進されている。だが、それらを推進するだけでは不十分であろう。個別最適な学びにせよ、協働的な学びにせよ、利他主義の文化を持つ学級で実践した時、本物の教育成果が得られるのではないか。
ところで、この記事を読んだ学生から、次の素晴らしいコメントが来た。 「授業を利他的に実践し、子どもたちに「楽しかった、おもしろかった」と言われると自分も嬉しいです。利他主義に基づいて動いた結果、自分自身も幸せになれるのではないでしょうか。」
このコメントは、利他主義とウエルビーイング(ハピネスを含む)の好循環を示しており、とても参考になる。俳優や歌手といった職業ジャンルであれば、芸能を通して、この好循環を体現している人がいるだろう。これに対して、教育は専門的な職業であるため、専門性の基盤の上に、利他主義とウエルビーイングの好循環が成り立つ。
では専門性を超越した部分には何があるのか。これは、教員免許状では、担保できない部分である。altruismは、明治期には愛他主義と訳されていており、この問題を考えるために示唆的である。愛他主義ー現代社会でも、そのように訳すべきではないのか。そんな思いがよぎる。聖書は次のように述べている。
「愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。 」(コリントの信徒への手紙【13:8-10】)
ここから、専門性を超越した、しかし教師に不可分の姿勢として、愛があることが分かった。つまり、教育専門家である教師にとって、利他主義は愛他主義であることが確認できる。このことを深く認識した者にとって、教職は天職となるだろう。
参考文献 川上祐美「見返りを期待しない利他行動における共感の意義」https://waseda.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_download&item_id=23796&item_no=1&attribute_id=20&file_no=3&page_id=13&block_id=21
参考ホームページ https://www.sumashuku.jp/2015/06/25/6093/
参考ホームページ https://uccj.org/other/34598.html
