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【知新察来】決済と信用創造がステーブルコインで変わる──綱渡りする銀行預金


◆今回のピックアップ記事

Peter Thal Larsen, "Why central banks are key to electronic money" (Reuters, 2026年6月30日)

  • 概要:ステーブルコインが本格的な貨幣として機能するには、結局のところ中央銀行という制度的アンカーが必要になる、という論点を、BISのGaston Gelosに聞く形で展開した回。



最近、ドル建てのステーブルコインをめぐる制度づくりが、急にリアルになってきました。アメリカでは発行の枠組みを定める法律が実際に動きはじめていて、規模だけ見ればまだ銀行預金の足元にも及ばないのに、世界中の中央銀行がこの話に前のめりになっている。

今回はロイターの番組で語られた、「デジタルマネーを支えているのは技術ではなく信頼だ」という主張から出発します。富良野とPhronaは、この話に納得しながらも、どこか物足りなさを感じてしまう。中央銀行が要る、という結論は、本当に一番大事な問いだったのか。話しているうちに二人の視線は、中央銀行ではなく、もっと身近な場所、銀行という制度そのものへとじわじわ滑り落ちていきます。


信頼というアンカー

富良野:アメリカでステーブルコインに関する法律まで整い始めて、なんか急に現実味が出てきましたよね。

Phrona: うん、ドルに裏付けられたやつを堂々と発行していい、みたいな話でしょう。

富良野: そうそう。それで、ロイターのポッドキャストでBISの人が話してたんですけど、面白かったのが規模の話で。ステーブルコイン市場、全部合わせても3200億ドルくらいらしいんですよ。

Phrona: え、思ったより小さい。

富良野: でしょう。アメリカの銀行預金だけで19兆ドルあるので、比べ物にならない。イギリスのポンド建てなんて3200万ドルとか、桁が三つくらい違う。

Phrona: それなのに中央銀行がこんなに気にしてるの、なんか変な感じもする。

富良野: そこなんですよね。理由は、小さいうちに考えないと大きくなってからじゃ遅い、ということらしくて。で、その人の立場は、貨幣の核心って結局は信頼なんだ、と。

Phrona: 信頼、って言われると分かるようで分からない言葉ですね。

富良野: 具体的には、ドルを受け取るとき、普通の人はどの銀行のドルかなんて確認しないですよね。BISはそれを「no questions asked」(いちいち裏を取らなくても受け取れる性質)として重視してるらしいんです。

Phrona: それを支えてるのが中央銀行だ、という話になるわけですね。

富良野: そう。中央銀行が背後で最終的な決済の一対一性を保証してるから、どの銀行の預金も同じ1ドルとして扱える。それを「中央銀行+商業銀行」の二層構造って呼んでました。

ポイント解説

「no questions asked」という言い方は、地味だが実によくできている。私たちがドル札やドル建ての預金を受け取るとき、いちいち「これはどの銀行の、いつ発行された、本当に信用できるドルか」と確認したりはしない。確認しなくていい、という状態こそが貨幣の貨幣たる所以だ、というのがGelosの立場である。

この主張は、貨幣を共通の計算単位・一体性・流動性の弾力供給・相互運用性・金融の健全性という複数の条件の束として捉える、BISの年次報告の枠組みとも符合している。ここで重要なのは、現在の貨幣制度が中央銀行のみによって担われているわけではないという点だ。商業銀行による預金創造・与信・決済サービスの提供と、中央銀行による最終決済の保証。この二層構造によって、いまの貨幣制度は成り立っている。中央銀行は貨幣制度の唯一の担い手ではなく、その二層構造を最終的に支える「信頼の錨」として位置づけられている。

だから、Gelosの議論の骨格はシンプルだ。技術がどれだけ進歩しても、最後に「本当にこれは1ドルか」を保証する誰かがいなければ、貨幣は貨幣になれない。

分断と、あの既視感

Phrona: でも、ブロックチェーンを使えば、そういう「誰かが保証する」仕組みなしでもいけるんじゃないの、っていう発想もありますよね。

富良野: そこも番組でちゃんと突っ込んでて。ブロックチェーンには構造的な弱点が三つあるって言ってました。まず、中央の調整役がいないぶん、参加者みんなで合意を取らないといけなくて、取引が増えると詰まりやすい。

Phrona: スケールしにくい、ってことか。

富良野: それと、同じステーブルコインでも複数のチェーンに分かれて存在してて、それぞれが完全には繋がってない。この分断が、貨幣に必要な一体性を弱めるらしいです。

Phrona: もう一つは?

富良野: 金融犯罪対策。銀行にあるような本人確認の仕組みが、自分で管理するウォレットだと外側で使われがちで、まだ十分に実装できてないと。

Phrona: なるほどね。でも、この話、なんかどこかで聞いたことある気がする。

富良野: あ、それ僕も思った。番組の後半で、まさにその既視感に触れてて。19世紀のアメリカって、中央銀行がなくて、それぞれの民間銀行が勝手に紙幣を発行してたらしいんです。

Phrona: 銀行ごとにお金が違ったってこと?

富良野: そう。利用者は、どの銀行の紙幣か、その銀行は信用できるか、をいちいち気にしなきゃいけなかった。それがだんだん清算システムに整理されていって、最後は連邦準備制度に引き継がれた。

Phrona: 分散した私的貨幣は、結局どこかで束ねる仕組みが要る、っていう話ですね。

富良野: BISがいま考えてる「unified ledger」も、要はその発想の延長で。中央銀行のマネーと、銀行預金と、国債みたいなトークン化された資産を、同じ基盤の上に乗せる構想らしいです。

ポイント解説

Suffolk Bankに代表される私的紙幣の清算システムが成立していく過程は、貨幣制度が自然発生的な自由から、集権的な清算・信用保証の制度へと移行していく典型的な事例として理解できる。分散型の私的貨幣は、規模が小さいうちは機能するが、ネットワークが拡大するにつれて、清算・信用確認・流動性供給・危機対応という機能を、誰かが集中的に担わなければならなくなる。BISの年次報告書が貨幣を「単なる技術ではなく、長い失敗と実験を通じて形成された制度的達成」と位置づけているのも、この歴史的な学習過程を踏まえてのことだろう。

つまり、中央銀行というのは、偶然そこにあった古い制度ではない。むしろ、貨幣が壊れないようにするために、人間があとから発明し直した装置なのだ。

「達成」という言葉に引っかかる

Phrona: いまの、「制度的達成」って言葉、いいですね。なんか引っかかる。

富良野: どこに?

Phrona: だって、達成って言うなら、何を達成したのかが問題になる気がして。中央銀行があれば達成された、って話になってるけど、本当にそうなのかな、って。

富良野: ああ、それ僕も番組聞きながらちょっと思ってました。この話、中央銀行が要る、っていう結論に向けてきれいに組み立てられてるけど、そもそもドル建てのステーブルコインを作ってる人たちって、中央銀行をなくそうとしてるわけじゃないですよね。

Phrona: そうそう。ドルの信用に乗っかってるだけで。

富良野: だから、ステーブルコインにも中央銀行の裏付けが要る、っていう指摘は、間違ってはいないんだけど、当たり前すぎる気もするんですよね。

Phrona: 当たり前のことを、なんだか壮大な発見みたいに話してる感じ。

富良野: そう。じゃあ本当に問うべきなのは何なのか、って考えると、中央銀行じゃない気がしてきて。

Phrona: どこだと思う?

富良野: さっきの二層構造の話、覚えてます? 中央銀行の下に、商業銀行が乗っかってる。あそこの、商業銀行の方じゃないかと。

Phrona: 銀行、か。急に地味な話になった気がするけど、たしかにそっちの方が私たちの生活に近い。

ポイント解説

ドル建てステーブルコインがドルという既存の計算単位と信認に依拠しているという事実は、ほとんど自明の前提である。そこから「したがって中央銀行は不可欠である」と結論づけることは、主流のステーブルコイン論者が実際に主張していること(既存通貨の信認を前提として、その決済上の可搬性や接続性を高めること)への応答としては、いくぶん的を外している。中央銀行や国家通貨の存続そのものを疑う論者は、制度設計を真剣に議論している陣営の中には、ほとんどいない。

だとすれば、争点はもっと手前にある。中央銀行ではなく、その下で日常の決済を担ってきた商業銀行の方だ。

銀行という綱渡り

富良野: 銀行預金って、僕らが普段使ってるお金のほとんどを占めてるじゃないですか。給料も、振込も、大体は銀行預金でやり取りしてる。

Phrona: 中央銀行のお金そのものじゃなくて。

富良野: そう。で、銀行預金って面白い性質があって、銀行はただ預かったお金を又貸ししてるわけじゃないんですよね。貸し出すと同時に、預金そのものを作り出してる。

Phrona: それ、どういうこと?

富良野: 誰かにお金を貸すと、その人の口座にその金額が記帳される。つまり、貸すという行為が、新しい預金を生んでる。だから銀行預金って、決済に使える安全なお金であると同時に、銀行が信用というリスクを取って作り出したものでもあるんです。

Phrona: 安全なはずのものが、実はリスクの上に乗っかってる。

富良野: そうなんです。それでも安全に見えるのは、自己資本規制とか、預金保険とか、いざというときに中央銀行が助けてくれる仕組みがあるから。銀行預金って、リスクを取る信用創造と、安全に見える決済手段を、同じバランスシートの上に無理やり同居させてる制度なんですよ。

Phrona: それ、けっこう危うい同居ですね。

富良野: で、ステーブルコインの話に戻ると。1対1で安全資産に裏付けられてるステーブルコインって、基本的に貸し出しをしないので、この信用創造の部分をやらないんです。決済の部分だけを、銀行から切り離して持っていっちゃう。

Phrona: つまり、中央銀行を消す話じゃなくて、銀行が抱え込んでた二つの役割を、引き剥がす話なんだ。

ポイント解説

現代の信用創造理解において重要なのは、銀行が家計の貯蓄を集めてそれを貸し出しているという素朴な図式ではない。銀行は貸出を行うと同時に、借り手の預金を創造している。銀行預金とは、したがって、安全な決済手段であることと、貸出によるリスクの引き受けという、本来なら両立しがたい二つの性格を、規制・自己資本・預金保険・中央銀行の最後の貸し手機能によって無理やり結合させた、きわめて特異な制度的発明にほかならない。

銀行って、要するに綱渡りをしている。片手に絶対安全という看板を持ちながら、もう片方の手でリスクという剣を握っている。一対一で安全資産に裏付けられたステーブルコインは、この綱渡りのうち決済という側面だけを切り出し、信用創造という側面を持たない、いわばナローバンク的な構造を取る。

だから、これは中央銀行の消滅劇じゃない。銀行が長年やってきた綱渡りを、静かに分解する話なんだ。

三つの未来、ひとつのジレンマ

Phrona: 銀行がその決済の部分を持ってかれたら、どうなるんですか。

富良野: いくつかシナリオがあると思ってて。一つは、銀行に信用創造がそのまま残るパターン。ステーブルコインは、越境送金とか、アプリの中の決済とか、一部の場面で使われるだけで、住宅ローンとか企業融資は引き続き銀行が担う。

Phrona: 銀行はトークン化した預金を出して、対抗する感じ?

富良野: そうそう、それも十分あり得ると思います。もう一つのシナリオは、逆に信用創造が銀行の外に出ていくパターン。預金がステーブルコインに流れて、銀行の調達力が弱まったぶん、企業や個人への融資が、プライベートクレジットとかノンバンクの方に移っていく。

Phrona: それって、規制の目が届きにくいところに移るってことですよね。

富良野: まさに。銀行を迂回すれば安全になる、って話じゃないんですよね。見えにくい場所にリスクが移動するだけかもしれない。

Phrona: 三つ目は?

富良野: ステーブルコインを発行してる会社自体が、儲けを増やすために、裏付け資産を安全な国債とかだけじゃなくて、もっとリスクのあるものに広げていくパターン。

Phrona: それって、もう銀行じゃないですか。

富良野: そうなんです。額面の償還を約束しながら裏側でリスクを取ってる時点で、実質的に銀行業をやってることになる。だから銀行並みの規制が要る、という話になる。

Phrona: なんか、詰んでる気がしてきた。信用創造をしなければ供給が細るかもしれないし、信用創造をすれば結局銀行になっちゃう。

富良野: そう、そこがジレンマなんですよね。

ポイント解説

ステーブルコインが信用創造を行わない場合、銀行預金の代替は決済用マネーの安全性を高める一方で、銀行が担ってきた信用供給の量やコスト、その配分に影響を及ぼしうる。他方、ステーブルコインの発行者が収益性を追求して準備資産をリスク資産へと拡張する場合、それは実質的に銀行業を営むことにほかならず、自己資本規制・流動性規制・破綻処理・預金保険に相当する監督体制を免れることはできない。ここに、決済の安全性と信用供給の厚みを同時には満たしがたいという、制度設計上の根本的な緊張がある。

つまり、ステーブルコインは中央銀行を消す魔法の道具ではない。銀行という綱渡りの綱を、誰が、どこで、どうやって持ち直すのかを問い直す装置として機能する。

もうひとつの現場

Phrona: この話、先進国の中だけで考えてると、まだ牧歌的な感じもしますね。

富良野: ああ、新興国のことですか。

Phrona: うん。銀行口座を持たない人が、ドル建てのステーブルコインで初めてドルにアクセスできる、っていうのは、聞こえはすごくいい話じゃないですか。

富良野: 確かに。でも、それってつまり、自国の通貨や銀行制度を素通りして、ドル圏に接続する、ってことでもありますよね。

Phrona: そう。先進国だと「銀行預金かステーブルコインか」で済む話が、向こうだと「自国通貨か、ドルへの避難か」っていう、もっと切実な選択になる。

富良野: 通貨主権っていうものが、静かに削られていく可能性もあるってことか。

Phrona: この話、まだ全然終わってない気がする。

富良野: ですね。銀行の話を分解したと思ったら、今度は国の話にまで繋がってきた。

ポイント解説

決済を分解する技術は、国境も分解する。

ドル建てステーブルコインが銀行口座を持たない人々に決済アクセスを提供する一方で、それは同時に、国内通貨制度・国内銀行制度を迂回するデジタル・ドル化の経路ともなりうる。先進国において商業銀行預金の役割が問い直されているのと同じ構造が、新興国においては、通貨主権そのものの問い直しとして現れる。


この記事は、Projeteam, Inc. ウェブサイトで先行公開された

ステーブルコインは銀行を解体するか──決済と信用創造のきわどい同居

を素材として対話形式で再構成したものです。

元記事では、中央銀行ではなく銀行そのものを問い直す視点をもう少し掘り下げた議論をさらに展開しています。腰を据えて考えてみたい方は、是非こちらもあわせてどうぞ。



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