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コメダ珈琲に入れなかった私が、56歳で早期退職して気づいた「お金の正体」

私は高校卒業まで三重県でのんびりと育ちました。町内の信号機が9機と数えられるほどで、人より動物の方が多いような場所です。当時4つあった小学校は現在2つとなり、過疎化と高齢化が進んでいる典型的な田舎です。

今日は、そんな場所で形作られた私の「小さな金銭感覚」の思い出と、その金銭感覚が現在までにどのように変化し、今のセカンドライフに繋がっているのかを書いてみます。



「うちはうち、よそはよそ」というアリの家訓

実家での暮らしを振り返ると、私は「貧乏だ」とは感じていませんでした。毎日ご飯は食べられるし、屋根のある家もある。けれど、大人になった今の視点で当時の生活を思い出すと、やはり家計は相当厳しかったのだと思います。

私の両親は、童話に登場するアリとキリギリスの「アリ」そのものでした。徹底した倹約家で、外食や家族旅行の記憶はほとんどありません。海外旅行はもちろんゼロで、飛行機にも乗ったことはありません。贅沢は敵で、「うちはうち、よそはよそ」という無言の空気が常に漂っていました。

子ども心に最も衝撃を受けたのは車の値段を知った時です。街中を走る自動車が、一台100万円以上もするという事実を知った瞬間、「世の中の多くの大人は、そんな大金を出して自動車を買っているのか」と、信じられない世界のように感じました。当然、実家に自家用車はありません。

たまに友人のお父さんが車で送ってくれる時、後部座席から見るハンドルを握る背中や、複雑な計器類がとてつもなくカッコよく見えましたが、憧れを抱くことすらできませんでした。当時の私にとって、100万円は「大きすぎてよくわからない」異次元の数字だったからです。

名古屋での学食とコメダの壁

大学進学を機に、私は名古屋へ出ました。入居した男子寮の寮費は月額7,200円。夕食代込みです。入寮するには所得制限がありました。所得制限とは、両親の所得が一定金額以下でないと入れない寮です。つまり、低所得者用の学生寮を大学が用意してくれていたのです。

もちろん、食事の配膳から、トイレやお風呂掃除まで、寮生自身がすべてします。この寮費が当時でもかなり安い方でした。友人たちのアパートは2-3万でしたから。

その安い寮費でも実家からの仕送りはカツカツで、私は賄いつきの家庭教師やレストランのアルバイトに精を出しました。

当時の私にとって、名古屋名物の「コメダ珈琲」はまさに高嶺の花でした。コーヒー一杯に数百円を払う余裕なんて1ミリもありません。スーパーで6枚入り食パンより、コメダの一枚のパンの方が高いなんて信じられませんでした。

コメダさえ行かないようにして一番辛抱していた学生時代があるからこそ、私は今、多くのFPとは少し違うアドバイスをしています。

一般的には「ラテマネーを削れ」と言われますが、私はあえて「満足できるならどんどん使え」と伝えています。 コーヒー一杯の数百円。かつての私には高嶺の花でしたが、それがもたらす豊かな時間の価値を知っているからです。

節約よりも人生の満足感を上げることの方が重要と考えています。

初ボーナスがもたらした「恐怖」

やがて社会人になり、手にした初任給は139,000円。そして初めてのボーナス、支給額は50万円。 明細を見た瞬間、嬉しさよりも先に焦りと恐怖が込み上げ、心臓がバクバクしたのを覚えています。

子ども時代、あんなに遠い存在だった100万円という大金の半分が、突然自分の口座に振り込まれたのです。「やったー!」と喜ぶ余裕すらなく、ただ恐ろしかった。それほどまでに私の金銭感覚の器は小さかったのです。

しかし、人間とは慣れる生き物ですね。社会人として数年が経ち、ボーナスが100万円を超えた頃から、あれほどの驚きは消えていました。「なるほど、こうやってお金を貯めて、人は車を買うのか」と、ようやく実感を伴って世界を理解し始めました。

私はそこから30年間、競争社会で「アリ」として働き続けました。給与は上がり、資産は増え、いつしか「100万円」を恐れることはなくなりました。

なぜあんなに怖かったのか。今なら分かります。当時の私には、お金をコントロールする知識も器もなかったからです。まさに無知が恐怖を生んでいたのです。

幸せのベースラインはどこにあるのか

56歳で早期退職し、セカンドライフを歩んでいる今、私が最も大切にしているのは「幸せのベースラインを上げないこと」です。

多くの人は、収入が増えるにつれて生活レベルを上げ、さらに多くのお金を求め続けます。それはゴールのないレースを走り続けるようなものです。私はフィリピンのセブ島でボランティアを経験した際、衝撃的な言葉に出会いました。

「子どもが笑うから、私は毎日幸せなのよ」

17歳のママが、ボロボロの服を着てキラキラした笑顔でそう言ったのです。

そこで私は気づきました。幸せとは「なる(Doing)」ものではなく、今この瞬間の感謝の中に「ある(Being)」ものなのだと。


無知は貧乏

今の私は、価格ではなく「価値」で物事を選んでいます。安いから買う行為はやめ、本当に欲しいものややりたいことにはお金を惜しみません。それは資産があるからできることだと言われるかもしれませんが、本質は、自分の人生を自分の判断で決めるという主体性にあります。

「無知は貧乏」です。 お金について学ばず、他人の敷いたレールの上を走っているだけでは、いつまでも不安は消えません。8年かけて内省を繰り返し、ようやく自分軸の人生を手に入れました。

かつて100万円に怯えていた田舎の少年は、今、お金を「目的」ではなく「豊かな時間を買うための手段」として使いこなせるようになりました。

noteをお読みいただいているみなさまは、何のために、そのお金を貯めていますか?  もし「いつか来る冬」のために今を犠牲にしているだけなら、少しだけ立ち止まって、自分の「幸せのものさし」を見つめ直すことをお勧めします。

例えるなら、金銭感覚とは自分自身の器の大きさなのかもしれません。かつては小さな盃だった私の器も、膨大な経験と知識によって、大きな器になったのだと感じています。

資産形成期の方が多数だとは思いますが、資産取り崩し期や年金生活のことを早いうちから考えて、実践も始めていくことが、心もお金も豊かなセカンドライフにつながります。

お読みいただきありがとうございました。 記事が気に入ったら、ぜひ「スキ」や「サポート」での寄付(募金)をお願いします。子どもたちの未来のために大切に使わせていただきます。



「子どもが笑うから、私は毎日幸せなのよ」
このエピソードが詳細に書かれている本↓


「幸せのものさし」についての記事↓


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まこさん NPO法人DaredemoHeroへ寄付します。 私の人生に大きな転機となった団体で里親支援を続けています。 子どもたちの教育資金に活用させていただきます。あなたのチップをお届けします。ご協力お願いします! ホームページ→ https://daredemohero.com