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第3号被保険者廃止に怒る人々へ、家事代行の国家資格化

オタク会計士・山田真哉氏のYouTube動画で、2027年に向けた「家事代行の国家資格化」や「第3号被保険者(主婦年金)の廃止」といった新制度の解説を視聴しました。非常に論理的で分かりやすい内容でしたが、驚愕したのはそのコメント欄です。

そこに並んでいたのは、俯瞰的な視点を欠き、感情的な拒絶に終始する、絶対に変化をしたくない日本人たちの叫びでした。

私はこの政府案に賛成なので、あえて辛辣に、否定的なコメントを書いている日本人に反論してみます。




昭和の家族モデル

今回の政府案の本質は、崩壊した「昭和の家族モデル」からの強制的な脱却です。

第3号被保険者の廃止に反対する声の多くは、既得権益を守れというわがままに過ぎません。会社員の配偶者だけが保険料を負担せずに年金を受け取れる制度は、もはや公平性を欠く異物です。これを維持せよと叫ぶ人々は、少子高齢化で労働力が枯渇し、現役世代の負担が限界を超えているというマクロな視点が完全に欠落しています。

130万円の壁を意識して働き方を調整し、潜在的な労働力を眠らせておく余裕など、今の日本にはないでしょ。3号年金廃止は、賛成・反対の議論以前に、国家存続のためには不可欠なステップだと思います。

たぶん、第2号被保険者の保険料は安くなる可能性がありますから、そんなに悪くない話かなって思っています。


家事は聖域という多様性のなさ

家事代行の国家資格化や税制優遇についても、否定的なコメントの多さには、正直びっくりしました。こんなに否定的な人が多いんですね。特に目につくのが「他人を家に入れるなんて絶対に嫌だ」という、極めて個人的で生理的な拒絶反応です。

強制でもあるまいし、あくまで任意のサービスですよ。嫌なら自分が利用しなければいいだけの話であり、制度そのものを否定する理由にはならないでしょ。

それにもかかわらず、なぜコメントを書き込む人はこれほどまでに噛みつくのかな。それは、家事を愛情の証や聖域という言葉で神格化し、主婦の役割を外注化されることに自己否定を感じているみたいですね。ちっぽけなんですね。

ビジネスの世界、あるいは資産管理の世界では、時間は有限の資産なんですよ。付加価値の低いタスクや、代替性の高い仕事を外注するのは鉄則です。家事を聖域化して抱え込み、疲弊して不満を撒き散らすのと、専門のプロに任せて家族や自己研鑽に質の高い時間を使うことを比較してみましょう。私なら外注を選びますよ。誰でもできる仕事は自分でしちゃだめだと考えているからです。

と、辛辣に私の意見を言い放ちましたが、我が家ではどうなっているか?

実は家事代行を10年ほど前に導入しようとして、妻に猛反対された経緯があり、実行に至りませんでした。私はそれ以来トラウマになって、この話題は出さないようにしてます。妻の反対理由は、コメント欄で溢れかえる今回の政府案に反対している人たちと同じなんです。

だから、ここまで、政府案に大賛成って意見を書き、否定コメントの日本人に反論しましたが、夫婦喧嘩をしないためにも自論の意見を言わないようになりましたので、反論している人の気持ちもわかりますよ。

外国人労働者の受け入れを拒む

もう少し、私の意見を書いてみると、この分野への外国人労働者の参入に対するアレルギー反応も、時代錯誤も甚だしいと感じました。

私はフィリピンのNPO支援を通じて、フィリピン人の勤勉さとホスピタリティを肌で感じてきました。日本人がきつい、汚い、安いと避ける仕事を、誰かに支えてもらうのは自然なことだと思うのです。

治安が悪くなるとか、質が落ちるとかといった根拠のない不安感で、新しい労働力の受け入れを拒絶する態度は、無知からくる行動ですよ。まるで鎖国しているみたい。国家資格というお墨付きを与え、制度として管理することで質を担保されるなら、それで解決でしょ。

国家資格として認めることで国民の不安が解消されるかと思いきや、その制度自体にも反対するコメントに溢れています。多様性を受け入れるこれこそが、グローバル社会における生存戦略なんだと思うんだけどな〜。


俯瞰できない国民

YouTubeのコメント欄を埋め尽くすネガティブなコメントを寄せる人々へ。ひたすら変化を嫌いまくっていると、ダーウィンの進化論みたいに、日本人が絶滅しちゃうんじゃないとさえ思っちゃいます。

「嫌だ」「不安だ」「変化したくない」と感情を爆発させてコメントを書いている間に、世界は、そして時代は確実に動いています。現状維持に固執し、他人の可能性ある新しい選択肢を叩くことに執念を燃やす。正解を一つに決めたがる同調圧力の姿勢こそが、日本という国の活力を奪っている元凶です。人それぞれ違うんだから多様性を受け入れればいいのに。

物事を俯瞰して見る力がない者は、常に「奪われる側」に回りますよ。制度の変更を攻撃と捉えるか、チャンスとして選択肢の拡大と捉えるか。この思考の格差が、そのまま人生の豊かさの格差に直結します。

私の妻も家事代行には大反対です。ですから、家庭内に波風を立ててまで利用を強行するつもりはありません。しかし、それは家庭の調和という個別事情による判断であり、制度としての合理性を否定するものではありません。

個人として利用しない自由はあっても、社会が進むべき方向を感情論で阻害するのは、子どもがお菓子売り場で駄々こねているみたいです。

変化を拒み、昭和の幻影にすがりつく人々は、いずれ時代という荒波に飲み込まれ、置いてけぼりを喰らうでしょう。それもまた一つの選択ですが、私は、常に変化を楽しみ、論理的に未来を自分で選択する側に立ち続けたいと思います。



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まこさん NPO法人DaredemoHeroへ寄付します。 私の人生に大きな転機となった団体で里親支援を続けています。 子どもたちの教育資金に活用させていただきます。あなたのチップをお届けします。ご協力お願いします! ホームページ→ https://daredemohero.com