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ネガティブレッテルは裏返せば「強み」になる

前回の記事で「レッテルを貼る」というフレーズを使いました。日常会話でも登場するこのワード、これはなんだ?って疑問が湧いたので、今日はこのことを書いてみます。

セカンドライフを始めてから、レッテルは貼られなくなりました。しかし、会社員の時は、レッテルをペタペタ身体中に貼り付けられて、ふと息苦しさを感じることがありました。

そもそも、レッテルってなんだ?



レッテルって何?

調べてみると、「レッテル」とは、オランダ語の「letter」を語源とする、商品に貼る小さな紙の札のことです。そこから転じて、「人物や物事に対する、固定化された一面的な評価」を意味するようになりました、と書いてありました。

私のイメージするレッテルは、特徴的なキャラを分類分けするために使っていますが、特にネガティブ情報に使っている印象を持っています。

ある人を特徴を単純化してフォルダー分けするみたいに分類したほうが、覚えるのが楽だからしているような気がします。

レッテルは誰が誰に貼るのか?

他者が自分に貼る場合と、
他者が他者に貼る場合と、
自分が自分に貼る場合と、
自分が他者に貼る場合の、4つがあります。

①他者が自分に貼る場合:
私は「空気が読めない人」「ずけずけものを言う人」というレッテルを、会社員の時は貼り付けられました。この場合は、レッテルを貼られた時に、ペタって音がしている感じがします。物理的には、そのレッテルは目に見えないのですが、やっかいなことに貼った人は、大きな声で読み上げるので、他の人にも伝わってしまいます。

レッテルは主観なので、Aさんが私に貼ったレッテルは、致し方ないのですが、そのレッテルを私を知らないBさんにも伝えてしまうので、ネガティブイメージがあらかじめ植え付けられてしまうんです。だまってろよ。

②他者が他者に貼る場合:
AさんがBさんにレッテルを張る場合、Aさんの主観なのでどんなイメージを持とうが自由なのですが、Bさんにレッテルを貼った時に、言いふらすので、周囲もその印象を持ってBさんに接することになってしまいます。

ネガティブレッテルは内面にしまっておこうよ。

③自分が自分に貼る場合:
過去の経験や失敗から「自分はダメな人間だ」と、自分自身でレッテルを貼ってしまっているケースもありそうです。いや、これはかなり多そう。ただの謙遜ならまだしも、自分を過小評価して、他者がどれだけ認めても、自分を卑下しまくる人に何度も出会いました。

自分ができない人間と決めつけたら、絶対に良い結果なんて出ないのに、どうして、そんなアホらしいことをしちゃうのかな?

幸い私は自信過剰タイプのため、自分にネガティブレッテルを貼ることは少なかったと振り返っています。「必ずできる」と自分に暗示をかける方が好きでした。

④自分から他者に貼る場合:
誰しも対人関係において、いろんなイメージを持つので、これは致し方ないでしょう。前述の通り、自分一人での評価で、ネガティブレッテルを持ったとしても、その共感を人に強制しない方が良いと思います。

自分に貼られたレッテルを剥したい

他者に貼られた理不尽なネガティブレッテルに気づくと、どうしても剥がしたくなります。私はそんな人間じゃないと証明するために、無理をして頑張ったり、弁解したりしてしまいます。

いや、他人が勝手に貼ったレッテルを、わざわざ自分が苦労して剥がす必要があるのかな? そもそも、剥がせるのかな?

レッテルは他者の主観なので、無理に剥がそうとすると、シールの跡がベタベタと残って、余計にストレスを抱えることになりそう。わかってもらおうと頑張ることで、余計にエネルギーを消耗してしまいます。それより、そんなレッテルを貼ってきた人との距離を離すことが簡単です。

話せばわかる相手ならまだしも、一方的にネガティブな評価を下してくる人とは、物理的・精神的に距離を置けばいいだけ。客観視できない人とは、一緒にいると悪影響しかないので、離れちゃうことを私の場合はしていました。

ネガティブ情報は強みに

それでも、どうしても貼られたレッテルが気になるし、貼られた相手の距離をとることもできないことが一般的でしょう。私なりの解決策は、ネガティブレッテルを逆手に取って自分の強みに変換しちゃえばいいのです。

「頑固だ」というレッテルは、意志が強くブレない軸がある証拠です。「空気が読めない」は、「周りに流されず、自分の意見を持てる」ということです。「ずけずけものを言う」レッテルは、「核心を見抜く目を持っている」と言うことです。

マイナスのレッテルは、裏返せば最大の武器になります。いちいち落ち込むのではなく、ネガティブレッテルを貼られるくらい、私にはこういう強みがあるんだと堂々と受け入れちゃえばいいんです。


自分も誰かに貼っていないか?

ここまで貼られる側として考えてきましたが、私自身への戒めとして心に留めていることがあります。それは、自分自身も、無意識のうちに誰かにレッテルを貼っていないかという視点です。

「あの人は仕事が遅いから」「あの人はどうせ怒るから」と、誰かを決めつけて接してしまうことがあります。自分が貼られて嫌な思いをするレッテルは、他人が貼られても同じように痛いはずです。

レッテルってシールじゃなくて、画鋲で体に留められてるのかな? 痛いもんな〜。

もし、自分も人にレッテルを貼っていたなと気づくことができたら、自分で貼ったそのレッテルは、自分自身の意識でいつでも剥がすことができます。

仕事が遅いと感じている部下には、仕事を丁寧に仕上げてくれているんだと見方を変えたり、すぐ怒る部下には、仕事に熱心で情熱的なだけかもしれないと考えてみたり。 会社員の時は、そうやって、一度貼ったシールをそっと剥がし、話し相手のチーム員を、主観的にならず、客観的に見つめ直していたことを思い出しました。

他人に貼られたレッテルはスルーして強みに変え、自分が無意識に貼ってしまったレッテルは、丁寧に剥がしていく。そうすることで、人間関係の息苦しさは驚くほど軽くなった経験があったので、今日はそんなことを書いてみました。


レッテルはポジティブにしよう!

レッテルはネガティブな印象がありますが、全部ポジティブにしちゃえばいいんです。インフォグラフを、全部ポジティブに書き換えてもらいました。

会社員や、社会生活においての人間関係は、ネガティブレッテルばかりが発生しています。それを全部ポジティブにしちゃえばいいんです。主観でいいんです。どうしてそう思うの?などと思わずに、自分のイメージを全部ポジティブにしちゃえば、うまくいきそうです。

会社員の時は、どうしても、ネガティブレッテルを貼られたり、貼り返したりしていました。負の循環ですね。

退職後のセカンドライフを過ごすようになってからは、主観的に素直に、ポジティブレッテルを貼っている友人たちばかりになりました。

前述のネガティブレッテル野郎たちは距離を置くことが容易になったのかもしれませんが、私が友人たちにポジティブレッテルを貼りまくるので、友人たちも、私にポジティブレッテル返しをしてくれて、素晴らしい幸せ循環ができています。


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まこさん NPO法人DaredemoHeroへ寄付します。 私の人生に大きな転機となった団体で里親支援を続けています。 子どもたちの教育資金に活用させていただきます。あなたのチップをお届けします。ご協力お願いします! ホームページ→ https://daredemohero.com