動けなくなった私と、いつも通りの家族の日
カーテンを閉めた。
でも、窓の向こうに『それ』があると思うだけで、息が苦しくなる。
庭に、鳥がいた。
もう、動かない鳥が。
私はダイニング横の和室に逃げた。
こたつを隅に寄せて、布団を敷いて、ただ横になる。
見なければいいのに、
「そこにある」と思うだけで、体が拒否する。
食事も、喉を通らない。
子どもたちは、何も言わなくても察してくれる。
「ラーメン食べたい人?」と長男の声。
コメ派の次男はご飯を炊いて、
レトルトがいい子はそれを選ぶ。
それぞれが、勝手に生きている。
「ねえ、冷蔵庫のプリン食べていい?」
そんな声も聞こえるけど、
「勝手にして」
それだけ返すのがやっとだった。
私は夫に電話をした。
駐車場に鳥が…。
そう言いかけた私に、夫は言った。
「それ以上言わなくていい。
防犯カメラで見たから、
帰ったらちゃんとする。」
私は、もしかしたらHSPなのかもしれない。
本を読めば、当てはまることは多い。
でも、診断されたわけでもないし、
正直「困っていない」と思うこともある。
けれど、こうして
日常が止まるくらい影響を受けることもある。
じゃあ私は、生きづらいのかと言われると
そうとも言い切れない。
こうして横になっていても、
子どもたちはそれぞれ動いてくれるし、
夫は何も言わずに引き受けてくれる。
私はただ、この感受性と一緒に生きている。
それが強い日もあれば、
少し穏やかな日もある。
HSPかどうかは、正直どちらでもいい。
ただひとつ言えるのは、
私はこの感じ方で、今日もちゃんと生きている。
