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となりの億万長者【第8 最終話】 ただ生きるために生きるな。幸せに生きるために生きよ

食べるために生きるな。幸せに生きるために食べよ 

働くために生きるな。幸せに生きるために働け
お金のために生きるな。幸せに生きるためにお金を稼ぎ、使え

学ぶために生きるな。幸せに生きるために学べ
遊ぶために生きるな。幸せに生きるために遊べ

 夢の実現のために生きるな。幸せに生きるために夢をもて
 愛を求めるために生きるな。幸せに生きるために人を愛せ

 悩むために生きるな。幸せに生きるためによく考えよ
 ただ生きるために生きるな。幸せに生きるために生きよ

(イギリスのことわざ)

知り合いのイギリス人から教わった言葉です。
冒頭の『食べるために生きるな。幸せに生きるために食べよ』はソクラテスの言葉らしい。

その続きが付け足されて長い詩になったそうな。
初めてこの詩を知った時 おじさんがいいそうな言葉ばっかりだなあと思ったのを覚えてる。



◆ 思い出す、あの畑の風景

おじさんが亡くなったのは、出会ってから4年ほど経ったころだった。

朝の畑仕事を終えたあと、友達とゴルフに出かけ、昼寝をすると言って帰宅したまま・・ そのまま、眠るように、静かに旅立っていた。

その報せを聞いたとき、もちろん驚いた。けれど、「最後の最後まで人生を楽しみ、味わい尽くす人」だったおじさんらしい最期だとも思った。

こんなに早くお別れが来るとは思っていなかった。


◆ おじさんの息子さんのこと

後を継いだ息子さんは、おじさんに似て働き者で、朗らかで、よく笑う人だった。
私よりも年下なのに、すごくおだやかで、気配りができる好青年。

仕事で直接からむことは無かったけれど、同じ地元だし、たまに見かける。
子どもたちも すっかり大きくなって、私も近所を散歩に出かけるついでに 畑を通りがかることもなくなった。

東日本大震災があって コロナ過となり
気が付いたらおじさんが亡くなってから15年以上 時間がすぎた。
あの畑はいつの間にか造成されて お店が立った。


ごくごくたまーーに、食事に誘ったり、誘われたり── そんな緩やかな付き合いが続いていた。

そして、その息子さんも──おじさんと同じようにある日突然、ぽっくりと逝った。 苦しまず、いつも通りの仕事で出かけた先で。

あまりにも急なことで、私は言葉を失った。だけど、それもきっと、おじさんのような人の生き方なのだ。

誰かにすがらず、人生に抗わず、使命をまっとうして、ふっと風のように、いなくなる。


◆ おじさんの会社を受け継ぐことになった

葬儀のあと、遺された奥さまから連絡があった。
「主人の会社を、由佳さんと一緒にやっていけたらと思ってるんです」

私は、「はい」と答えた。

こうして私は、奥さまと一緒に、会社を共同経営することになった。

その事務的な手続きが先日終わって、おじさんのことをいろいろ思い出す中でこのnoteを書くことにした。

読んでくれるあなたがいてくれるおかげで 共有できる。
おじさんの話ができて 私はとってもハッピーです。

◆ 幸せに生きるために、生きる

あの畑で、おじさんが言っていた言葉を思い出す。

思い出してみれば けっこうお説教くさいことも言われてたなあ、と思う。

だけど、あの人が言うと、不思議と地に足がついていて、急かす感じがしなかった。

結果を急いだり、変化を焦ったりする必要はなくて、 ただ、幸せに生きるために、生きたらいい。

その生き方のなかで、必要な学びがやってくるし、出会うべき人には出会う。

がんばっても、がんばらなくても、人生は意外となんとかなる。
いろんな出来事も、いろいろで会う人も 助けてくれる。
だから、誰でも ちゃんと幸せになれるもんなんだ。


◆ 何もない日常が、いちばんすごい

なんとなくでも 目が覚めて、
ありあわせのもので ごはんを食べて、
めんどくさいなと思いながらも お風呂に入って、寝る。

そんな毎日が、かけがえなくて、すごいことだと思えるようになった。

昔は、「持っていない何かを手に入れること」に夢中だったけど、
年々 興味が薄れていく。

わからなくても わかることはあるし
できないなりに できることはあるもので、
私は そんな私を愛してるし、誇りに思ってる。

──おじさんが教えてくれたこと。

人生は、勝ち負けじゃない。
大切なのは、誰と、どう過ごすか。
何ができたかじゃなく、どう在れたか。

◆ 最終回に寄せて



おじさんだけじゃない。
私はこれまで、本当にたくさんの人に手を貸してもらいながら、何度も人生を立て直してきた。
あるときは、知らない人の言葉に救われたり、何気ない出会いが、生き方を変えるほどのきっかけになったりもした。

私の人生なのに、私ひとりのものじゃなかった。


40代になって 私は大きな病気・・ガンを患った。
無菌室で数か月を過ごす中で 気もまぎれるし、動けるときは仕事を続けていた。
そしたら肺炎を起こして 入院が1か月長引いたのです。

その時は 知人に怒られた。
「あなたの人生だから どう生きようとあなたの勝手だけど、
あなたの命は あなたを大切に思っている人たちのものだからね。
よく考えてね」

そうか 私の命は私のものじゃなかったのか。
いくら楽しいからって 寿命を削るようなことはやめておこうと 主治医の先生ともよく相談するようになった。

おかげさまで もうすっかり日常生活を取り戻せたけれど
食べ方も 働き方も 休養の取り方も 以前を思い出せないくらいに、まるで変わってしまった。

きっと、私自身も、誰かの人生にそうやって関わってきたんだと思う。

特別に手を貸すつもりなんてなくても、
なにか勇気づける言葉をかける気がなくても、
ただ普通にしているだけで、誰かの支えになっていたことがあったのだと思う。
誰もが 誰かの「となりの億万長者」なんだろう。

私たちは、意識していないところで、
静かに、さりげなく、お互いを支え合っている。

「あなたに会えてよかった」と思える人がいるように、
もしかしたら、誰かにとって私も、そんな存在なのかもしれない。

それだけで、じゅうぶん生きる理由になる。

だから私は、これからも、
誇れる自分でいるし、大すきな私と生きていく。

うふふふ。よろしくね。

それが、となりの億万長者が教えてくれた、
“しあわせの遺産”だった。

──完。

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