このバカ野郎!人の命をなんだと思ってるんだ!!熊本イオンモール爆発事故!!避難した従業員を「金庫」に戻した株式会社ハビタ
売上金は取り戻せる。命は二度と戻らない
2026年7月28日、熊本県で最大震度7を観測した地震の後、イオンモール熊本で大規模な爆発が発生した。
この爆発で、館内にいた専門店の従業員7人が死亡し、従業員ら26人が地震や爆発の影響でけがをした。
警察と消防による爆発原因の調査は、現在も続いている。
犠牲者の一人が、雑貨店を運営する株式会社ハビタに勤務していた大竹玖瑠美さん、22歳だった。
大竹さんは一度、建物の外へ避難している。
家族にも無事を知らせていた。
それなのに、彼女は再び危険な館内へ戻り、爆発に巻き込まれて亡くなった。
なぜ、助かっていたはずの命が失われたのか。
その理由として明らかになったのが、あまりにも救いのない「売上金」の存在だった。
「可能なら」という言葉で責任は薄まらない
ハビタの幹部は、地震後、休みだった店長へ連絡し、安否を確認した後、売上金を金庫へ戻せないか相談したという。
店長は勤務中の従業員へ連絡し、その従業員と大竹さんの2人が館内に入った。
そして、2人とも亡くなった。
会社側は、「もし入れるのであれば」「可能であれば」という趣旨だったと説明している。
しかし、この言葉を責任逃れの薄い包装紙にしてはならない。
会社幹部から店長へ「売上金を戻せないか」と言われ、店長から現場の従業員へ話が下りてくる。
その状況で、末端の従業員が本当に対等な立場で「危険なので嫌です」と拒否できただろうか。
職場には上下関係がある。
評価、雇用、昇進、人間関係を握る側からの「お願い」は、現場では事実上の指示として受け取られることがある。
実際、会社側も、従業員を館内へ戻す指示をしたことを認め、入金を求めた判断自体が誤りだったとして遺族へ謝罪している。
「可能なら」と付け加えれば、命令が相談に変わるわけではない。
言葉を柔らかくしても、その言葉によって人が危険な場所へ向かったという重大な結果は消えない。
そもそも、なぜ売上金の話が出たのか
最も厳しく問われるべきなのは、「強制したか、お願いだったか」という言葉遊びではない。
大地震が発生し、建物の安全が確認されていない状況で、会社幹部の頭に、なぜ売上金を回収するという発想が浮かんだのか。
この一点である。
正しい指示は一つしかなかった。
「絶対に戻るな」
「現金も商品も放置しろ」
「全員、その場から離れろ」
これだけでよかった。
一度避難した従業員に対して、売上金の話を持ち出す必要など一切なかった。
現金は失われても、後から損失として処理できる。
商品も建物も、時間をかければ再建できる。
しかし、人間の命だけは、どれだけ金を積んでも、どれだけ頭を下げても、二度と戻らない。
会社幹部は事故後、「命に代えられるものではなかった」と述べている。
そんなことは、爆発が起きてから気づく話ではない。
経営者や管理職が、災害発生前から骨の髄まで理解しておかなければならない、企業経営以前の常識である。
「許可を得てから」でも判断の異常さは消えない
会社側は、館内へ入る場合にはイオンモール側の許可を得るよう伝えていたとも説明している。
一方、イオン側は、地震発生後、安全が確認されるまでは建物内へ入らないよう指示していたとしている。
死亡した7人はいずれも一度屋外へ避難した後、館内へ戻ったとみられている。
実際に誰が入館を認めたのか。
どのような言葉が交わされたのか。
施設側とテナント側の指示が、なぜ食い違ったのか。
この点は、通話履歴、LINE、館内放送、防犯カメラ、入退館記録などを基に、徹底的に検証されなければならない。
ただし、仮に現場で誰かが入館を認めていたとしても、それで雇用主側の判断が自動的に正当化されるわけではない。
会社には、売上金を回収する相談を最初から持ち出さないという選択肢があった。
施設側の許可を条件にしたから安全だったのではない。
安全が確認されていない以上、従業員へ危険な行動を求める発想そのものを捨てるべきだった。
企業が最優先で守るべきものは何か
内閣府は、企業に対し、従業員や顧客の安全を第一に防災活動へ取り組むことを求めている。
事業継続についても、災害発生直後は、生命の安全確保と二次災害の防止が優先される。
厚生労働省も、事業主には職場で働く人の安全と健康を確保し、労働災害を防ぐための安全衛生管理責任があるとしている。
労災の状況によっては、安全配慮義務違反などを理由とした民事上の損害賠償が問題になる場合もある。
もちろん、本件について安全配慮義務違反や刑事責任が成立するかどうかは、今後の捜査や司法判断によって決められる。
現時点で犯罪と断定することはできない。
しかし、法的責任が確定していないことと、企業判断を批判してはいけないことは、まったく別の話だ。
人命より売上金を先に考えたと受け取られても仕方のない判断があり、その結果、避難していた従業員2人が館内へ戻り、命を失った。
この事実の重さから、企業は逃げることができない。
「痛恨の極み」で終わらせてはならない
会社側は遺族に謝罪し、「痛恨の極み」と述べた。
謝罪することは当然である。
だが、謝罪は免罪符ではない。
「申し訳なかった」「判断を誤った」と頭を下げれば、それで一件落着になる問題ではない。
求められるのは、言葉ではなく、記録と検証である。
誰が最初に売上金の回収を提案したのか。
どのような指示系統で従業員まで伝わったのか。
同じ会社の別店舗にも、同様の指示を出していなかったのか。
災害時のマニュアルは存在したのか。
存在したのなら、なぜ機能しなかったのか。
店長や従業員が、会社の依頼を断れる仕組みはあったのか。
これらを、社内だけの調査で済ませてはならない。
通信記録を保全し、第三者を入れ、調査結果を社会へ明らかにする必要がある。
都合の悪い部分を「ニュアンス」「可能なら」「許可を得てから」という曖昧な言葉の中へ沈めてはならない。
従業員は会社の金を守るための消耗品ではない
働く人は、会社の金庫を守るための道具ではない。
売上金を守るために、従業員が命を担保として差し出す義務などない。
災害時、企業の本性は、立派な企業理念やホームページの美しい言葉ではなく、現場へ出される一言に表れる。
「戻って売上金を入れてくれ」
それとも、
「金はどうでもいい。絶対に戻るな」
会社がどちらを選ぶかで、人の生死が分かれることがある。
今回、企業が本当に守るべきだった金庫は、現金を入れる箱ではなかった。
従業員の命を守るための、絶対に破られない安全管理の仕組みだった。
売上金は取り戻せる。
会社も店舗も再建できる。
しかし、亡くなった人の人生だけは再建できない。
会社は謝罪だけで終わらせず、なぜこのような判断が生まれたのかを徹底的に明らかにしなければならない。
そして、全国の企業は今回の事故を「特殊な会社で起きた特殊な失敗」として切り離してはならない。
現金、商品、納期、営業、上司への報告。
そうした企業の都合より、働く人の命を確実に上へ置けるのか。
今、すべての会社が問われている
※本稿は2026年8月3日13時台までに公表された報道に基づく論評です。
爆発の詳しい原因、施設への再入館をめぐる経緯、関係者の法的責任については、警察・消防などが調査中です。
今後、新たな事実が判明した場合は内容を更新します。
