指摘が「攻撃」に聞こえてしまう私たちは、誰かの「盾」になれる。
仕事中、
先輩や上司からアドバイスをもらった瞬間。
小さなミスを指摘された、その刹那。
「私はだめだ」
「価値がない」
頭ではわかってる。
相手は私を攻撃したいわけじゃない。
仕事が円滑に進むように、
もっと良くなるように、
親切心で言ってくれている。
けど、私の脳内ではそれとは裏腹に、
恐ろしいほどのスピードで誤変換が始まる。
「指摘」=「私の存在の否定」
そうなるともう、思考は止まり、
視界はうるうると滲み始める。
喉の奥がギュッと熱くなって、
声を出せば今にも震えてしまいそうになる。
「そんなことで」と思われるのが怖くて、
必死に平気なふりをするけど、
心の中では自分の価値が
音を立てて崩れていくような、
そんな感覚に陥ってしまう。
「どうして私は、こんなに心が弱いんだろう」
そうやって自分を責めてきた日が、
これまで何度あったか分かりません。
でも、12年間この仕事を続けてきて、
休職を経て自分と向き合い、
ようやく気づき始めたことがあります。
この「ギュッ」となる痛みは、
決して心の弱さではないということ。
むしろ、それだけ物事に真剣に向き合い、
「完璧でありたい」と願うほど一生懸命な、
自分への期待の裏返しだったのではないか、と。
そして何より、この痛みを知っているからこそ、
私にしか差し出せない「優しさ」がある。
そう思えるようになったエピソードを、
今日はいくつかお話しさせてください。
「指摘」と「自分」が癒着してしまう正体
なぜ、
私たちはこれほどまでに
指摘を「攻撃」として
受け取ってしまうのでしょうか。
それはきっと、仕事の結果と自分の存在価値が、
ぴったりとくっつきすぎてしまっているから。
「仕事のミス=ダメな人間」
「改善点の指摘=今の私は価値がないという宣告」
そんなふうに、
本来は外側にあるはずの「事象」を、
自分の内側のいちばん柔らかい場所に
招き入れてしまう。
でも、それは裏を返せば、
それだけ一つひとつの仕事に
魂を込めているということ。
いい加減に流して働いている人なら、
喉の奥がギュッとなるほどの痛みは感じないはず。
いい加減にこなしている仕事なら、
指摘されても「あ、そうですか」で
終わるはずじゃないですか?
喉がギュッとなるのは、
あなたがその仕事を、その先にいる人を、
自分のことのように大切に思っている証拠。
痛みを感じるほど、
あなたは自分の仕事に深い愛情と責任を注いでいる。
その「痛み」の正体は、実はとても美しいものです。
「完璧でありたい」という願いは、
自分を苦しめる鎖にもなるけど、
誰かの痛みに気づくための
「繊細なアンテナ」にもなるのです。
「喉がギュッとなる私」だからこそ、差し出せる優しさ
正論にそっと包帯を巻く
看護の現場は、時に命に関わります。
だからこそ、先輩からの指導は厳しく、
そして「正しい」ものです。
でも、
その正論が痛いほど正しいからこそ、
言われた側は逃げ場を失い、
自分のすべてが否定されたような絶望感に
包まれることがあります。
私も新人のときは
指導のたびに泣きそうになりました。
泣いてしまったことも何回もありました。
12年経ち、今では指導する側になり、
ピリついた空気の中で、うつむく後輩の肩。
その後輩にかつての自分を重ね合わせます。
その震えに気づけるのは、
私が何度もその震えと戦ってきたから。
先輩の指摘は、ぐうの音も出ないほど正しく、
現場の安全を守るために不可欠なものです。
だからこそ、否定できない苦しさが胸を突く。
「正しいこと」がナイフのように鋭く、
逃げ場をなくしてしまう瞬間が、
医療の現場には確かに存在します。
私はその厳しさを否定はしません。
けれど、
正論のナイフで切り開かれた傷口を、
そのまま放置しておくこともできない。
先輩の言葉が正しいとわかっているから、
あえて、
「先輩の言ってることは違うよ」とは言いません。
でも、
その後に残ったヒリヒリとした痛みに、
そっと包帯を巻くことはできます。
「さっきの指摘、心にきたよね。
でもあなたの人間性を否定してるんじゃなくて、
もっと良くなるためのヒントなんだよ」
そんな言葉を添えるだけで、
相手の喉の奥の「ギュッ」が、
ほんの少しだけ解けるのがわかります。
「完璧な先輩」という幻を壊す
後輩が小さなミスをして落ち込んでいるとき、
私はよく自分の失敗談を差し出します。
「大丈夫だよ。
私なんて1年目のとき、
もっととんでもない失敗してさ……」
具体的なエピソードを一つ差し出すたびに、
後輩の肩の力がふっと抜けるのがわかります。
私がかつて感じた、
「ミスして消えてしまいたい」という絶望を、
目の前の彼女にだけは一人で背負わせたくない。
自分の失敗談を差し出すことは、今の私にできる、
精一杯の「大丈夫だよ」という合図です。
今では笑い話になった過去の「大失態」を話すと、
後輩の顔に少しだけ血色が戻ります。
「完璧に見える先輩も、
同じように傷つき、失敗してきたんだ」
という事実は、
何よりも強い安心のパスポートになると思ってるから。
ミスを解決するための知恵を出し合いながら、
最後には少しだけ一緒に笑う。
それが、
私が12年かけて見つけた、
「痛みを知る人」としてのリーダーシップでした。
涙を「真剣さの証」として受け止める
一番忘れられないのは、
夜勤の独り立ちを控えた後輩の逆シャドー
(※先輩が後輩の動きを後ろから見守る)に
ついていたときのことです。
思うように動けず、
優先順位がつけられない自分に腹が立ったのでしょう。
ラウンド中、
彼女の視界がうるうると滲んでいくのが見えました。
泣いちゃだめだ……。
必死に涙を堪えようとする彼女に、
私は声をかけました。
「一回、トイレで思いっきり泣いてきな」
驚いた顔をする彼女に、私は続けました。
「悔しいのは、
あなたがそれだけ本気で、
患者さんのために完璧でありたいと思ってるから。
その涙は、あなたが素敵な看護師になる証拠だから」
数分後、
トイレから戻ってきた彼女の目は、
少しだけ赤くなっていました。
けど、さっきまでの自分を責める色は消え、
そこには静かな覚悟のようなものが宿っていました。
「すみません、ありがとうございました」と
小さく頭を下げた彼女を見て、
私自身の喉の奥のしこりも、
少しだけ溶けていくのを感じました。
彼女を救いたかったはずの言葉が、巡り巡って、
かつての私自身を癒してくれたようでした。
自分との「仲直り」
他者の痛みにはこんなに敏感になれたのに、
振り返ってみれば、自分自身に対してはずっと、
血も涙もない「冷酷な観客」のままでした。
以前、病棟の最前線で常に命の責任と
隣り合わせで働いていた頃、
私の心は常にピンと張り詰めた
ピアノ線のようでした。
ミスをすれば
「私にはこの仕事をする資格がない」とまで
自分を追い詰め、
24時間、
心の中の自分に休む間も与えませんでした。
常に「完璧」という重い鎧を着込んでいないと、
今にも自分がバラバラに崩れてしまいそうで、
怖くて仕方がなかったんです。
けど、休職を経験して、
現在の地域連携室へと場所を移し、
少しだけ時間の流れ方が変わったことで、
ようやく止まっていた呼吸を
整えられるようになってきました。
もちろん、環境が変わっても、
指摘を受ければやはり喉はギュッとなります。
視界が滲む感覚も相変わらずです。
でも最近はそこで自分を責め抜く代わりに、
心の中でもう一人の自分が、
そっと背中に手を置いてくれるようになりました。
「今、喉がギュッとしたね。
それはあなたが、
この仕事を大切に思っている証拠だよ。
後輩の涙を肯定できたあなたなら、
自分の涙も許していいんだよ」
人にはあんなに優しい言葉をかけられるのに、
どうして自分にはこれほど冷たかったのか。
自分を許し、認め、労わること。
それは決して「甘え」などではなく、
これからも長くこの仕事を、
そして自分自身の人生を愛し続けるための、
不可欠な調律だと思うんです。
病棟の喧騒から少し離れたデスクで、
ふと窓の外を眺め、深く息を吐く。
完璧ではない自分を、
そのままの形で受け入れる。
そんな「自分との仲直り」が、今の私を、
そして私の差し出す優しさを、
より確かなものにしてくれています。
明日の私を、少しだけ軽くするために
今もまだ、指摘を受けると一瞬だけ、
世界の音が遠のき、喉の奥が「ギュッ」となります。
「指摘=存在の否定」という
長年の脳内変換を書き換えるには、
きっともう少し時間が必要なんだと思います。
でも、それでいい。
そう思えるようになりました。
喉の奥が熱くなるのは、私が今日まで、
嘘偽りなく一生懸命に生きてきた証。
視界がうるうると滲むのは、私が誰よりも、
物事の真ん中にある「大切さ」を分かっている証。
その痛みを知っている私たちは、
弱くなんてありません。
むしろ、その痛みを知っているからこそ、
誰かが正論の刃にさらされたとき、
そっと包帯を巻いてあげられる
盾のような強さを持てるのです。
完璧じゃなくてもいい。
不器用でも、ときどき立ち止まっても、
目の前のことに
真剣に向き合っている今のあなたが、一番尊い。
もし明日、
あなたの喉の奥がまたギュッとなったら、
思い出してください。
その時、
あなたの心の中でもう一人のあなたが、
そっと寄り添っていることを。
そして私も、同じ痛みを感じながら、
どこかであなたの背中を静かに支えていることを。
明日は今日よりも少しだけ、自分に優しく。
鎧を脱いだその肩で、軽やかに、
新しい一日を始められますように。
大切な時間を使って
最後までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
頑張りすぎてしまうあなたが
ほんの少しでも優しく、やわらかく
深呼吸できますように。
私の記事が、
ありのままの自分に帰れるような、
そんな小さなお守りになれていたら幸せです🌷
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