「報告しました。」その言葉で、思考は終わっていませんか?
「先生には報告しました。」
「リーダーには共有しました。」
「申し送りは終わっています。」
医療現場では、
よく聞く言葉である。
もちろん、
報告そのものが悪いわけではない。
むしろ、
患者を守るために、
報告と共有は欠かせない。
しかし、
時々こう感じることがある。
その報告は、
本当に思考を繋いでいるのだろうか。
それとも、
思考を終わらせてしまっているのだろうか。
患者は変化する。
病態は進行する。
時間は止まらない。
だからこそ、
報告には責任が伴う。
誰が見るのか。
誰が再評価するのか。
誰が次の変化を拾うのか。
これが決まって初めて、
報告は患者を守る。
逆に、
これが曖昧なままの報告は、
責任の空白を生む。
私は、
急変症例を振り返るたびに思う。
見逃されたのは、
異常所見ではなかった。
見逃されたのは、
誰もループを持っていなかった時間だった。
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