「後からわかる言葉」に意味があるのか 理学療法士
今回は、「後からわかる言葉」の必要性や意義について私見をまとめていきます。
小さいころ親や仕事をしていると先輩などから「今はわからないかもしれないけど、後からわかるようになる」と言われた経験は多くの人があると思います。
私自身も仕事でやりたくないことがあったときに、「置かれたところで咲きなさい」「嫌なことを快くできることが大切」などと新人のころに言われて、全く意味がわかりませんでしたが、今になると「なるほど」と思う部分もあります。
新人のころの私にとって、やりたくないことをやらせようとしてくる上司の言葉は心に響かなかった事実と今になると納得する事実が存在する中で、自分自身がそのような言葉を新人に対して使うべきなのかという葛藤があります。
話は少し変わりますが、何かの技術を身につけるために自分自身が遠回りしたからといって、他の人が遠回りするかどうかはわからないのだから、近道を教えるべきだということを、以前本で読んだことがあります。
自分の歩んだ道がベストの選択どうかの判断ができないなかで、その道を歩かせることが正しいのかということと「後からわかる言葉」は若干似ているように感じます。
ただし、後からわかる言葉やそれを伝えた人を、今もなお否定的に感じていることがないことを考えると悪いものでもないのでないかとまとめながら思っています。
また、頭ごなしに「後からわかる」と決めつけることは、「今はわからないであろう」と他者の可能性を否定的にみていることにも繋がるように感じます。
まずは、言葉や伝え方を吟味したうえで、理解してもらえなかったとしたら、後からわかるかもと伝えることが大事になるのではないかと思います。
立場や環境が変わることで、価値観や考えに変化が出ることはよくあることだと思います。
そういった違う景色をたくさん見える場所に連れていくことも「後からわかる言葉」の意義に繋がるかもしれません。
ご意見ありましたらコメントしていただければと思います。
※この内容は個人の解釈がありますので参考程度にお願いします。

