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【つぶやき】所有から利用権への拉致-なぜソニーはPS6ではなく「PS5が現役の今」ディスク廃止を断行したのか。

※この記事はAIによる添削・校正サポートを受けています。


AI要約(約200文字)

 買ったゲームは未来永劫自分のもの──そんな物理メディアの幻影は、ソニーの手のひらの上で見せられていた夢だった。2028年からの完全DL化と旧機種ストア終了の公式発表。それは、ユーザーが逃げられないタイミングを狙った強硬策だった。大容量化という技術の限界は理解できる。だが、途中でルールを変える傲慢さは許せるのか。いつか中身が消える「レンタルビデオ機」へと変貌するPSの今を実体験から綴る。


まえがき

 この記事は、当時のSONYが本当にそんなことを考えていたかどうかはともかくとして、現時点で振り返ってみるとそういう風にも見えるよね、単純な事実としてそうだよね、という事をそれっぽく書いたものである。

 結果として私はSONYのあの発表内容について怒りを覚え、なぜ彼らがこのタイミングで舵を切ったのか、その本音と背景を考察したものである。過度な期待は禁物なのである。

※【PS2まで】
ゲーム機本体は完全オフラインで、HDDやSSD等にゲームをインストールしないものを指す。ゲームは物理メディア販売で買い切り型である。

※【ポストPS2】
ゲーム機本体が基本オンラインで、HDDやSSD等にゲームをインストールして遊ぶものを指す。ゲームは物理メディア販売とDL版販売がある。




やさしい嘘の20年間とSONYゲーセンの正体

1. 【PS2まで】の時代と幻影

 【PS2まで】のビデオゲームは、ゲーム機本体も買い切り、ゲームソフトも買い切りで、買った時点でどちらも全て完結しているものであった。そのため、本やボードゲームなどの玩具を貸し借りするように、我々は子供の頃からゲームソフトの貸し借りを行ってきた。

 ソフトの貸し借りには同じゲーム機本体を持っている必要があったが、これはカセットテープやVHSと同じ仕組みであったため、ファミコン全盛期以降、多くが共通した再生機を所持する環境に至ると、ビデオゲーム界隈でも違和感なく受け入れられていった。
(DAT?そんな子は知りません。β(BETA)?知らない子ですね。)

 ゲームソフト(物理メディア)という存在は、【ポストPS2】の時代に入るまで、このような存在として我々の生活の中で長く親しまれてきた。そして、PS3の時代になってもゲームソフトは【PS2まで】と「ほぼ同じように取り扱うことができていた」ので、我々は家庭用ビデオゲームの舞台が全く別の場所に移ったという異変を感じ取ることができなかった。

 我々は何も変わっていないと思い込まされながら、PS3というゲーム機で遊び続けていたのである。現実には、ゲーム機本体もゲームソフトも、SONY(この時代はSCE [※1])の手のひらの上であったと気づかずに。SONYのゲームセンター(以下、SONYゲーセン[※2])へ強制的に連れ出されたとも気づかずに。

[※1] SCE:ソニー・コンピュータエンタテインメント。
   2016年4月からSIE(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)
   になった。表記が重複する場合はSONYのみで表記する。
[※2] ここで言うゲーセンとは、所有権を持たせず、場所代を払って遊ばせる
   プラットフォームの比喩である。

 SONYは、全ユーザーがSONYゲーセンへ既に連れ込まれていることに気づかれないよう、PS3世代から「大本命の新作ゲームのDL販売」を新たに始めても、新作の物理メディアパッケージでの販売を続けてきた。

 DL版購入を主とするユーザーにはそこにいることが自然であるとなじむように、物理メディア版購入を主とするユーザーには【PS2まで】と何も変わらないよと錯覚させるように、およそ20年間 [※3]、全力を尽くしていたのではないだろうか。

[※3] 2006年11月11日から2026年6月30日までのおよそ20年間。

 この時点ではまだ、すべてのユーザーはSONYゲーセンという環境(プラットフォーム)にいるだけであったが、とりあえずはそれだけで良かったのだ。


2. 進む誘導と、突きつけられた「ネタばらし」

 ゲームのDL版販売は、時間の経過と共に徐々に浸透していった。DL版を購入するユーザーが増えていく一方で、物理メディアしか買わないコアなユーザーは、この間に徐々に割合としての数を減らしていったようだ。

 約20年間という長い移行期間を経て、どちらのタイプのユーザーもSONYゲーセンにいること自体に馴染んでいった。ユーザーは気づいていないのに、SONYは両者が共存できる環境としてここを必死に維持し続け、「DL版だけでもいいじゃない、問題無いよ」という世論を、その利便性と共に上手く誘導してきたのである。

 そして、DL版だけでも何の問題も無いという「SONY側の立場に立つユーザー」が十分に増えたと判断したSONYは、満を持して発表したのだ。


 「PSプラットフォームで遊んでいるユーザーは、全員SONYゲーセンに既に拉致されている状態にあります。今後はこのSONYゲーセンのルールでしか遊べませんよ」と。(2026年7月1日の公式発表により、2028年1月以降の新作ゲームはすべてDL版のみとなることが確定した)

 「PS3以降、物理メディアパッケージでゲームを購入していたユーザーは、PS2の頃までのようにゲームを物理的に手に入れられていたと思い込んでいたのでしょうけど、それは全部SONYが作り出した幻だったのですよ。物理メディアで買ったゲームのパッチやDL版で購入したゲームは、これから徐々に手に入らなくなります。残念でした!」と。(同時に突きつけられた、2027年7月のPS3/VITA向けPSストア終了宣言&ゲームパッチはあくまで『当面』残すという死の宣告)


 ああうん、そりゃ最後まで頑なに残っていた物理メディア過激派達は大炎上だよね。燃え上がらないわけがない。

 うすらぼんやり気づいていたユーザーも少なくないだろうが、ほとんどのユーザーは気づかないまま、そのうちパッチのサポートを受けられなくなる物理メディアゲームにお金を払ってきたのだから。

 【PS2まで】と同じではなかったのだから。強制的に見させられていた夢から、無理矢理たたき起こされたのだから。

 こんなSONYゲーセンに残りたい人が居るだろうか。怒り心頭なユーザーの中には、このゲーセンでは二度と遊ばないと出て行く者もいるだろう。

 スペインなどでは既に「この船を俺は下りる!」と宣言してる猛者もいるくらいだ(その真意が、全てを売り払うという意味なのか、今後は一切SONYでお金を使わないという意味なのかは不明であるが)。


3. なぜPS6を待たずに、PS5のいま『ネタばらし』をしたのか。

 ここで少し考えてみたい。SONY(SIE)はなぜこのタイミングで「夢から覚めなさーい(o´∀`o)」とネタばらしをしたのだろうか。

 私は先ほど、十分にDL版肯定派が増えたと判断したからだと推測した。だが、これはPS6に最新現役ゲームハードが移行するタイミングでも良かったのではないだろうか。新たなゲーム機への移動時ならキリも良いし、ここまで反発されなかった可能性も高かったのではないかと私は思う。

 それを、PS5がまだ現役最新ゲーム機として稼働している状況下で『やり方を変える』と発表したのはなぜなのだろうか。そこに、何かしら別の理由があるのではないか。

 私見だが、私はそこにSONYの弱気な姿勢を垣間見た気がする。PS6の発表というキリの良いタイミングで物理メディアの廃止を打ち出したら、『PS6という新型ゲーム機(次世代SONYゲーセンへの入場専用券)が、大きく売り上げを落とす』、SONY(SIE)はそう感じていたのではなかろうか。

 PS5が現役であり、まだあと何年かは活躍できる時間を残している今だからこそ、その発表をすることで、ユーザー達が逃げられないように仕組んだのだ。なぜならば、プレイヤー達はもうこの発表があった時点で、高額なPS5本体という「SONYゲーセンへの入場券」を買ってしまっているからである。

 発表を知り怒り狂うそれまでのPS5所持者達は、本体をゲームショップへ売り払いに行ったり、ネット上で処分しようとするかもしれない。だが、SONY(SIE)には何の損もない。その売却によってかつてのオーナーが得るお金は、SONY(SIE)が支払うわけではないからだ。SONY(SIE)はその怒りのユーザー達から、既に「入場パス代」を回収済みなのである(逆ざやなのかもしれないが、その辺はよくわからない)。

 大量に中古PS5が出回れば、新品の販売台数の足かせとなるかもしれない。しかしPS5は2026年3月末時点で9300万台販売済みであり、仮に最終目標をPS4と同じくらい(約1億2000万台前後)としているのであれば、既に約8割は達成している。大きな短期未来損失とはならないと判断したのだろう。

 それよりもむしろ、この既に「入場券」を入手してしまい、その中で大量の物理メディアやDL版という(期間有限の)資産(ゲームソフト)を手にしてしまっているユーザーに対し、PS6以降の大前提となる『ゲームは全てDL販売』という形式をPS5が現役の段階で押しつけ、強制的にこの環境に慣れさせることが大事だと決断したのではないだろうか。

人間は一度手にしたものを手放すことに強い抵抗感を覚える。

 手放せない、でもPS5環境(現在のSONYゲーセン)は自らの意に沿わない決定事項を押しつけてくる。最初は抵抗していても、人はそのうち慣れる。慣れると言うよりそれに染まるしかなくなる。抵抗しても意味が無いと悟り、前向きではなく、受け入れることを受動的に選択する。ここをSONY(SIE)は狙っているのだろう。

 『PS6から完全DL体制に移行する』と発表したら、PS6本体(次世代型SONYゲームセンターへの入場会員権)が売れなくなることを、彼らは自覚しているのだと思う。SONYゲーセンは現在も次世代も、任天堂のような強力で魅力的なIPコンテンツを持ち合わせていないのだ。だからこのタイミングで強攻策に出た。


4. 技術の限界は理解できる、だが『選択肢を減らすな』。

 SONY(SIE)の本音として、ゲームのデータ容量がブルーレイやUHDでは既に収まりきらなくなってしまっていることに限界を感じ、やむにやまれぬ決断であったことは、この記事を書くにあたりいろいろとネット検索をして私も理解してはいる。

 BDやUHDの最大収録容量が100GB~128GB、最近のゲームが100GBオーバー(150GB~200GB)の大容量であることを考えると、現実的ではないと言うのも頷ける。オンライン通信(DL)で対応できるのだから、新たな大容量物理メディアを開発するのは非現実的だ。

 ユーザーとしても、毎回数十GBのパッチをダウンロードさせられる現状を考えれば、物理メディアの形骸化は理解できる。理解できるからこそ、その大義名分を盾にした『選択肢を狭める傲慢さ』が際立つのだ。

 PS5で逃げられない環境に追い込んでから強制力を働かせ、一気にSONYが望む形へ押し流そうとするのは、戦略としては正解である。だが、ユーザー感情には少なくとも完璧な正解とは言いがたい。

 SONY(SIE)は多少の損失を覚悟してでも、PS6からの物理メディア廃止を行うべきであった。PS5が最新ゲーム機である限りは、入り口がそうであったように、物理メディア愛好家達をやさしい嘘で最後まで騙し続けるべきだったのだ。私のSONY(SIE)に対する怒りはこれだ。

「途中でやり方を変えるな。」

 それまでの選択肢を残した上で、新たな選択肢を加えるのは良い。何の問題も無い。場合によっては新たな選択肢も選択するだろう。だが選択肢を減らすな。今までできたことを急にできなくするな。選択肢を減らすなら大きな区切り(PS6への世代交代)が来たところでやれ。

 最初に提供していたサービス形態(物理メディアでもDL版でもOK)で入場パス(ゲーム機本体)を買わせておきながら、後からルールを変えるな。そんなの大炎上して当然だろ。



あとがき

 現状私はPS5本体を所有しており、物理メディアのゲームもDL版のゲームも、プラットフォーム内でそれなりの本数持っている。PS+のプレミアムも 1 年間使ってみたことがあるし、現在もエッセンシャルで継続している。

 PSストアでセール中のお手頃価格ゲームをDL版で買い、オンラインで友人と一緒に遊ぶこともある。もちろん、SwitchやSwitch2でもスプラ3とかDL専用ソフトを買うことだってある。STEAMでも何本もゲームを買ってる。

 好きなゲームは物理メディア付きパッケージで購入してコレクションしているが、DL版でゲームソフトを購入すること自体には抵抗はない。だが、DL版でしか購入できないことには抵抗感がある。

 STEAMは物理メディアでの販売こそないが、PCのOSを変えても、バージョンアップで変わっても(Win7→10→11、MacOS、Linux)、基本的にそのまま(再ダウンロードなどして)遊ぶことができるメリットがある。※例外事項有り。一部は不可能。場合により有志によるパッチなどが必要になることもありえる(Windows の根幹が大きく変わったときなど)。

 任天堂は今のところ物理メディアの廃止を表明してはいない。そして、強力かつ魅力的なオリジナルIPがたくさんある。マリオ、ゼルダ、スプラ、あつ森、スマブラ……など。これらは任天堂のハードとプラットフォームでしか提供されず、任天堂離れが起きることはそうそう考えにくい。

 以上のように、STEAMや任天堂は、私にとってそこのプラットフォームでゲーム(やゲーム機)を買うのに大きなメリットがある。PC上で長期にわたって遊び続けられるシステム的な強みを持つSTEAM、他では提供されない魅力的なコンテンツが豊富な任天堂、どちらも満足度がとても高い。

 【PS2 まで】のプレイステーションプラットフォームはとても魅力的だった。ゲーム機とゲームソフトをコレクションできる要素、未来永劫壊れない限りいつでも当時を再現できる事、これらに満足しないはずがない。

 【ポスト PS2】は2027年12月末までと、限定的ではあるが魅力的である。サポートが切れると物理メディアのゲームは初期出荷状態でしか遊べなくなる難点はあるが、それでも壊れない限り同様に遊ぶことが出来る。

 では、2028年以降のPS5とPS6、それ以降にはどのようなメリットが存在するのだろうか。

 もちろん、PSプラットフォームには「(高性能なゲーム機で)PCのようにチーターに悩まされることなく、競技系オンラインゲームを公平に遊べる」という、他にはない強力なメリットがある。

 しかし、私のように一人用のゲーム(RPG、シミュレーションゲーム、ホラーゲーム、ノベルゲームなど)を基本的に好むユーザーにとっては、その恩恵はほとんど受けられない。

 さらに、任天堂のような「何が何でもついていく」と思える独自の強力な IPコンテンツがあるわけでもなく、STEAMのように数十年先も動くシステム的な保証があるわけでもない。

 一人用ゲームを愛好する私のような限定的な視点から見れば、2028年以降のSONYのゲーム機は、将来的にサーバーが閉鎖されれば『購入したはずのゲームが手元に残らなくなるリスクがあるだけ』の、『いつか中身が消える、縛りのきついレンタルビデオ機』と同義なのだ。

 PS6でしか遊べない魅力的な一人用ゲームが発売されるか、PS6だけでしか体験できないような特別な機能とそれを活かしたゲームでも発売されない限り、少なくとも現時点では、私はPS6を購入しようとは思わない。

 完全DL版販売遂行の後、購入したゲーム(パッチやDLC含む)の個人保存が認められたり、完全オフラインでの利用ができるように仕様変更が行われればその限りではないが。(あり得ないだろうね。)




更新履歴

2026年07月28日17時50分頃:決定稿
【つぶやき】所有から利用権への拉致-なぜソニーはPS6ではなく
     「PS5が現役の今」ディスク廃止を断行したのか。

2026年07月28日13時45分頃:改稿(三稿) ※ボツ/未完成/非公開
【つぶやき】SONY(SIE)は何故あのタイミングで物理メディアでの
      ゲーム販売廃止を発表したのか。

2026年07月27日01時20分頃:改稿(二稿) ※ボツ/未完成/非公開
【つぶやき】家庭用ゲーム機はゲームセンターになる。

2026年07月26日15時00分頃:初稿 ※ボツ/未完成/非公開
【つぶやき】SONYはオンライン型おうちゲーセンを目指しているのか。

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