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自分の弱さから目を背けないとは、どういうことか

「自分の弱さから目を背けない」

この言葉は、簡単そうでいて、実はかなり重たい。

なぜなら、自分の弱さを見るというのは、
単に欠点を認めることではないからだ。

それは、
自分の中にある見たくない感情、認めたくない本音、格好悪い執着、幼さ、怖さを、そのまま引き受けること
に近い。

人は、自分の弱さを隠したくなる。

平気なふりをしたくなる。
強い自分でいたくなる。
正しい側に立ちたくなる。
傷ついていないように見せたくなる。

でも、本当は違う。

寂しいのに、平気な顔をする。
不安なのに、怒りで覆い隠す。
怖いのに、強気な言葉で押し切ろうとする。
手放せないのに、「もうどうでもいい」と言ってしまう。

こういうことは、誰にでもある。

そして多くの場合、
人を苦しめるのは「弱さそのもの」ではなく、
弱さを見ないようにしている自分
のほうだ。

弱さから目を背けると、人はどうなるのか

自分の弱さを見ないままでいると、
感情は消えない。
ただ、形を変えて出てくる。

悲しみは、皮肉になる。
寂しさは、執着になる。
不安は、支配になる。
劣等感は、見栄になる。
怖さは、攻撃性になる。

本人は気づいていないことも多い。

「自分は怒っている」と思っていても、
本当は傷ついているだけかもしれない。

「相手が悪い」と責めていても、
本当は置いていかれるのが怖いだけかもしれない。

「自分は冷めた」と思っていても、
本当は期待していたぶん、苦しいだけかもしれない。

弱さから目を背けるとは、
こうした本音にフタをして、
別の顔をかぶって生きることでもある。

けれど、
フタをした感情は、なくならない。

むしろ、見えないところで人生を動かし始める。

だからこそ、
自分の弱さから目を背けないことは、
自分の人生のハンドルを取り戻すことでもある。

弱さから目を背けないとは、「正しくなること」ではない

ここで勘違いしやすいのは、
弱さを認めることを
「反省して、立派になること」
だと思ってしまうことだ。

でも、そうじゃない。

自分の弱さから目を背けないとは、
まずは正そうとする前に、
そのまま見ることだ。

たとえば、

「自分は、まだ期待してる」
「本当は、わかってほしい」
「置いていかれるのが怖い」
「見捨てられた感じがして苦しい」
「自分の思い通りにしたい気持ちがある」
「認められたい」
「負けたくない」
「寂しい」

そうやって、
言い訳せず、
美化せず、
正当化せず、
まず認めること。

これができないと、
人はいつまでも外側ばかりを責める。

相手が悪い。
環境が悪い。
タイミングが悪い。
運が悪い。

もちろん、本当に相手や環境に問題があることもある。
でも、自分の中の弱さを見ないままだと、
何度でも同じパターンを繰り返す。

だから、
弱さから目を背けないとは、
自分を責めることではなく、
自分の中の真実に近づくこと
なのだと思う。

弱さを見つめる人は、
弱くなるのではなく、

深くなる

自分の弱さを見るのは苦しい。

格好悪いし、
できれば見たくない。
理想の自分と現実の自分のズレを突きつけられるからだ。

でも、その苦しさを通らないと、
人は本当の意味で強くなれない。

なぜなら、
本当に強い人は、
弱さがない人ではなく、
自分の弱さを知ったうえで生きている人
だからだ。

自分は寂しさを持っている。
怖さもある。
執着もある。
認められたい気持ちもある。
逃げたくなることもある。

それを知っている人は、
人に対しても雑にならない。

傷ついた人の気持ちがわかる。
無理をしている人の苦しさがわかる。
強がっている人の裏側も見える。

つまり、
弱さを見つめた人は、
弱くなるのではない。
人として深くなる。

弱さから目を背けないために必要なこと

自分の弱さから目を背けないために必要なのは、
特別な才能ではない。

必要なのは、
少しの勇気と、
少しの静けさだと思う。

感情が大きく揺れたときに、
すぐ相手を変えようとするのではなく、
まず自分の中を見に行くこと。

自分はいま何に反応しているのか。
本当は何が苦しいのか。
怒りの下に、どんな感情があるのか。
この反応は、いまの出来事だけのものなのか。
それとも、昔からの傷が疼いているのか。

そうやって自分を見つめる時間を持つこと。

そして、
そこで出てきた感情を、
かっこよくまとめずに認めること。

「悔しい」
「怖い」
「寂しい」
「みじめだ」
「まだ欲しい」
「認めてほしい」

この言葉を自分に言える人は、
少しずつ自分を取り戻していく。

目を背けない人だけが、本当に自由になれる

人は、自分の弱さを隠している限り、
その弱さに支配される。

でも、
自分の弱さを見つめられるようになると、
少しずつ選べるようになる。

怒りに飲まれずに済む。
執着に振り回されずに済む。
寂しさを埋めるためだけの行動をしなくて済む。
誰かに認められるためだけの人生から、
少しずつ離れられる。

それは、
感情がなくなるということではない。

むしろ逆だ。

自分の中にある感情をちゃんと認めたうえで、
その感情に人生の主導権を渡さなくなるということだ。

それが、
本当の意味での自由なんじゃないかと思う。

最後に

自分の弱さから目を背けないとは、
立派になることじゃない。

完璧になることでもない。

自分の中にある、
見たくないもの、
認めたくないもの、
格好悪いものを、
「それでも自分の一部だ」と受け止めることだ。

そしてそのうえで、
どう生きるかを選び直していくことだ。

弱さは、
隠すほど人を縛る。

でも、
見つめた瞬間から、
弱さは深さに変わり始める。

だからこそ思う。

自分の弱さから目を背けないとは、
自分の人生を生きる覚悟を持つことなんだ。

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