「爆発を予見できなかった」ことと、「店内へ戻らせてよかった」ことは別問題である
2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震では、イオンモール熊本において、地震発生から約1時間20分後に大規模な爆発が起きた。
イオンの公表によれば、地震は16時27分ごろに発生し、17時までに来店客の屋外避難誘導を完了するとともに、専門店とグループ従業員についても屋外への避難を確認していた。その後、施設内では天井の落下、外壁の一部落下、スプリンクラーの作動などが確認され、17時50分ごろに爆発が発生した。8月2日時点で、イオンはこの事故による死者7人、負傷者26人を確認したと発表している。
当初、亡くなった従業員の遺族からは、従業員が売上金を金庫へ戻すために店内へ入ったとの説明がなされていた。
その後、テナントを運営する会社側も、従業員に対して売上金を金庫へ入れるよう伝え、結果として2人が建物内へ戻ったことを認め、遺族へ謝罪した。報道されている会社側の説明では、「売上金を金庫にしまってくれないか、もし入れるのであれば」と伝えたとされている。したがって、少なくとも現在では、単に遺族側だけが主張している話ではなく、テナント会社側から売上金に関する依頼または指示があったこと自体は、会社側も認めている。
一方で、現時点でも不明な点は多い。
爆発の正確な原因は調査中であり、誰がどの段階で再入館を許可したのか、イオン側の担当者が再入館を認識していたのか、亡くなった全員がどのような理由で館内にいたのかについても、すべてが明らかになったわけではない。イオンも、爆発原因だけでなく、再入館の運用や携行品の取り扱いを含めて避難対応を検証するとしている。
そのため、本件について、現在判明している一部の情報だけで刑事責任や民事責任の所在まで断定することはできない。
しかし、法的責任の断定ができないことと、店舗管理上の判断が適切であったかを論じられないことは、別の問題である。
問うべきは「爆発を予測できたか」ではない
この事故については、「まさか爆発するとは誰も思わなかった」「ガス設備が正常に遮断されると思っていたのではないか」という見方もある。
その点は、おそらくその通りである。
地震発生直後の時点で、特定の配管や設備が損傷し、大量のガスが漏れ、建物内に滞留して、数十分後に大規模な爆発を起こすところまで、店舗の管理者が具体的に予測することは困難だったと思われる。
しかし、本件で問われるべきなのは、爆発という具体的な事故を予測できたかどうかではない。
問われるべきなのは、最大震度7の地震が起きた後、安全確認が終わっていない建物へ、売上金を保管するために従業員を戻すことが適切だったかという点である。
イオンの公表によれば、爆発前の段階ですでに、天井の落下、外壁の一部落下、スプリンクラーの作動といった被害が確認されていた。気象庁も、揺れの強かった地域では倒壊などの危険性が高まっているとして、やむを得ない事情がない限り危険な場所に立ち入らないよう呼びかけていた。
その状況であれば、爆発を予測できなかったとしても、落下物、余震、ガラス片、漏電、火災、設備の破損など、何らかの二次災害が起きる可能性は十分に考えられる。
すなわち、
何が起きるか分からないから、安全だと判断する
のではなく、
何が起きるか分からないから、安全が確認されるまで入らない
と考えるべき状況だった。
災害時の安全管理とは、事故の種類を正確に言い当てることではない。不確実な環境において、人を危険へ近づけないことである。
売上金を守る行為に意味がなかったわけではない
売上金を金庫へ保管しようとする行為そのものには、一定の合理性がある。
屋外へ持ち出した現金を長時間保有すれば、盗難、紛失、混乱による所在不明などの問題が起こり得る。金庫へ入れることができれば、金銭管理上は望ましい。
したがって、「何の意味もない行為のために戻らせた」と表現するのは正確ではない。
しかし、行為に意味があることと、その行為を実行するだけの価値があることもまた別問題である。
売上金は、失われたとしても金額を特定し、会社の損失として処理することができる。保険や会計記録、防犯カメラ、売上データなどによって、事後に確認できる可能性もある。
これに対し、従業員の生命や身体は回復できない。
この二つを比較すれば、
売上金を金庫へ入れることで得られる利益は、財産上の損害を減らすこと
再入館によって生じる損失は、死亡または重大な負傷に至る可能性があること
となる。
発生確率が正確に分からなかったとしても、損失の大きさがあまりにも異なる。
そのため、安全管理上は、売上金を守ることよりも、再入館を禁止することを優先しなければならなかった。
「お願い」と「業務上の指示」は明確に分けられない
会社側の説明では、「売上金を金庫にしまってくれないか、もし入れるのであれば」と伝えたとされている。
この言葉だけを取り出せば、強制的な命令ではなく、可能であれば対応してほしいという依頼にも見える。
しかし、上司や会社から従業員に対してなされた発言は、一般的な人間関係における単なるお願いとは異なる。
従業員からすれば、
「売上金を持ったままでよいのか」
「紛失すれば自分の責任になるのではないか」
「会社から頼まれた以上、断ってよいのか」
という心理が働く。
特に、売上金は会社の財産であり、日常的に厳格な管理を求められている。責任感の強い従業員ほど、会社からの依頼を事実上の指示として受け止める可能性が高い。
したがって、会社側が「絶対に戻れと命令したわけではない」と説明したとしても、それだけで従業員自身の自由な判断だったとは評価できない。
むしろ、管理者には、
売上金はそのままでよい
紛失しても従業員個人の責任にはしない
私物も含めて、絶対に取りに戻ってはならない
と明確に伝える責任があったと考えるべきである。
災害時には、曖昧な許可よりも、明確な禁止が必要である。
結果の大きさだけで断罪するべきではない
一方で、7人が死亡し、多数が負傷したという結果だけを見て、関係者を必要以上に非難することにも慎重であるべきだ。
結果が重大であるほど、「これほど危険なのだから、当然予測できたはずだ」と考えてしまいやすい。
しかし、事故の後から判断を評価する場合には、事故が起きたことを知っている現在の視点ではなく、その判断をした当時、何が分かっていたのかを基準にしなければならない。
当時、爆発の発生時刻や規模まで予測できた者はいなかったと思われる。具体的な爆発の予見可能性については、今後の設備調査や関係者への聞き取りを待つ必要がある。
ただし、判断当時の情報だけに限定しても、すでに大規模な地震が発生し、建物の一部に被害が生じ、安全確認が完了していなかったことは分かっていた。
したがって、
これほど大きな爆発になるとは思わなかった
という事情は、結果の重大性に対する非難を弱める理由にはなり得る。
しかし、
だから店内へ戻す判断も仕方がなかった
という結論にはならない。
爆発は予見できなくても、何らかの重大な二次災害が起こり得ることは予見できたからである。
イオン側とテナント側の責任は分けて検証すべきである
この問題では、「イオンが従業員を戻らせた」と一括して語ることにも注意が必要である。
現時点で、売上金に関する連絡をしたことを認めているのはテナントの運営会社である。一方、施設全体を管理するイオン側については、再入館を誰が認識し、誰が許可または黙認したのかが、まだ十分に明らかになっていない。
テナント会社については、
誰が売上金を金庫へ戻す判断をしたのか
現場の被害状況をどこまで把握していたのか
従業員に断る選択肢が明確に与えられていたのか
を検証する必要がある。
施設管理者については、
避難後の再入館を禁止する規定があったのか
その規定がテナントにも周知されていたのか
出入口をどのように管理していたのか
再入館しようとする従業員を制止できたのか
を確認する必要がある。
どちらか一方だけの問題と決めつけるべきではない。
また、現場の一担当者だけに責任を集中させるのも適切ではない。巨大な商業施設における災害対応は、個人の臨機応変な判断に依存するのではなく、施設運営者と各テナントが共有する明確な規則によって運用されるべきだからである。
必要なのは「人命優先」という標語ではなく、具体的な免責規定である
多くの会社には、「災害時は人命を最優先する」と記載された防災マニュアルがある。
しかし、それだけでは不十分である。
現場で問題になるのは、売上金、鍵、携帯電話、業務書類、顧客情報、薬、私物など、価値のあるものが建物内に残されている場合である。
「人命優先」という抽象的な言葉だけでは、現場の従業員は、
「数分で取ってこられる」
「自分は店内の構造を知っている」
「入口の近くだから大丈夫だ」
「売上金を放置する方が問題になる」
と考えてしまう。
必要なのは、次のような具体的な規則である。
一度避難した後は、現金、商品、書類、鍵、私物その他の物品を理由とした再入館を禁止する。
再入館は、消防、警察、建築・設備担当者などによる安全確認後、施設の災害対策責任者が正式に許可した場合に限る。
避難によって発生した現金や商品の紛失について、現場従業員に個人的な責任を負わせない。
店長やテナント責任者にも、独自に再入館を許可する権限を与えない。
重要なのは、従業員に「勇気を持って断るように」と求めることではない。
会社側が、従業員に断らせる必要すらない仕組みを作ることである。
非難すべきなのは「爆発を予測できなかったこと」ではない
本件の爆発原因や法的責任については、今後の調査を待たなければならない。
しかし、店舗管理上の教訓は、調査結果を待たなくてもある程度明確である。
批判の中心に置くべきなのは、爆発そのものを予測できなかったことではない。
安全確認が終わっていない建物に、回復可能な財産を守る目的で従業員を戻した判断である。
売上金を守ろうとしたこと自体に悪意があったとは考えにくい。管理者も、これほどの事故になるとは想像していなかった可能性が高い。
それでも、悪意がなかったことと、判断が適切だったことは同じではない。
組織の安全管理は、善意や経験、責任感に頼ってはならない。
「短時間なら大丈夫だろう」
「店内を知っている者なら大丈夫だろう」
「気をつけて行けば大丈夫だろう」
こうした判断を現場に許さないことこそが、災害時の規則の役割である。
今回の事故を結果論だけで断罪するべきではない。
しかし、結果論を避けることを理由に、判断の問題まで曖昧にしてもならない。
爆発の規模を予測できなかったとしても、安全が確認されていない建物へ人を戻してはならなかった。
その一点は、今後の調査によって爆発原因が何であったと判明しても、変わらないと考える。
※本稿は2026年8月3日時点で公表・報道されている情報を基にしたものである。爆発原因、再入館に関する施設側の認識、各関係者の法的責任については、今後の調査によって事実関係が変更される可能性がある。
