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一次性サイコパシーについて。それが高い人の記事を読んでみたい。

サイコパスは精神医学的にはASPD(反社会性パーソナリティ障害)という扱いらしい。
調べてると、そもそもサイコパス(ASPD)の研究は受刑者や精神病棟の患者を対象にしたものが多い。

けれど私が言いたい概念は、まず要因があって、それによって本人の状態があって、その状態によって発生しうる出力の、主に「本人の状態」の部分。

PCL-Rやそこから派生したようなサイコパシーの評価する物差しがあるけれど、大抵がファクト1、ファクト2に分かれていて、

・ファクト1(情動・対人関係の欠如): 表面的な魅力、病的な虚言、罪悪感や良心の呵責の欠如、冷淡で共感性の欠如など。

・ファクト2(衝動的・反社会的なライフスタイル): 刺激を求める傾向、無責任さ、慢性的な非行・犯罪歴など。

これで言うと「本人の状態」にフォーカスしているのは主にファクト1になる。

要は、
情動的共感をオートでしない、ただし認知的共感は可能。
社会規範を内面化していない
罪悪感や良心の呵責がない



これを指すワードは「一次性サイコパシー」というのが1番近そうだから、それを使うことにする。



映画や小説で登場するTHE サイコパスは、猟奇的な連続殺人犯とかが多いし、
自分がサイコパスだと自称する人間のイメージは、反抗的な厨二病者がトップにくる気がする。

実際は、一次性サイコパシーが高くても警察とかに捕まらずASPD等の診断を受ける場面もない、
普通に働いてる人や、寄生的に生活してる人が大半を占めるだろうと思う。


それとよく勘違いされがちな気がするのは、一次サイコパシーが高いと犯罪を好むというわけではなく、
単純に合法違法の差異が、バレたらデメリットになりうる要素が存在するかどうかなだけ。

より魅力的な選択肢は、違法とされていることが多いってのはあるとは思う。
けどそれは"違法だから魅力的"なんじゃなく、世の中の"魅力的な選択肢は違法なことが多い傾向がある"だけである。




一次性サイコパシーの高低によって、物の捉え方が変わることは多いと思う。

当然それ以外にも、知能や認知の歪みの程度、理想とする生活とか、複合的な要素によって物の捉え方や解釈、考察、意見、思考は大きく変わる。


けどあまりに似たような考えの何かを見かけない、YouTubeのコメ欄っぽさや、綺麗事てんこ盛り系、自己啓発至上主義みたいなものは、世の中に溢れているのに、
似たような思考回路っぽいものは、見かける場面が少な過ぎる。


だから、自分が思ったこと、思考の書き殴りみたいなものをネット上に置いてみようと思った。

絶対に一定数「似たような何かってあんまり見かけないよな」と思ってる個体が存在するはずだと思う。

ただ、こういうのを継続出来た試しはないし、退屈すぎる+他パターンに興味ある的な動機の程度的に、結局のところやっぱ"あんま見かけないよね"を体現する結果になる気もしてる。



PS.
ASPDの症状に、耐え難い退屈みたいなのあるけれど、一次性サイコパシーが高いことと、退屈が苦手すぎることってどういう相関なんだろう。
二次性サイコパシーと関係が強い部分なんだろうか?

何にしろとても退屈だ。

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