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誰も言わない

 実存的な苦しみとはなんだろう。学がないので実存的という言葉の意味するところはよく分からない。ただ、私はいったい、今、ここで、何をしてるんだろうとか、本当のところ、私はいったい何がしたいんだろうとか、よく考えてしまう。
 およそ私の日常生活圏内でそんなことを話題にする人はいない。私が社会で出会う身近な人が、そんなことを口にしている場面に出会したことはまずない。それがずっと子供の時から不思議で堪らなかった。なんで誰もこれほど重大な問題をほったらかして、あの人はどうとか、他人について口出ししたり、毎日当たり前な顔をして仕事をこなしたりできるのかとんと見当がつかないまま生きてきた。他者と自分の間に埋めようのない溝というか、分厚い、透明で空気みたいな壁があって、どうしようもなく分かち合えない何かを一人抱えて生きているような気分が常だった。
 ただ、そういうお作法的に何故か口に出さないことになっている苦しみにも似た「なぜ」「どうして」が共鳴する他者というのはいる気がする。それは皆まで言わない分、直感的に感じ取れるものである。私はそういう、どこか寂しい部分で、密かに共鳴し合える人間を信頼する。

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