スフィア・プロトコル 〜境界知性の意思〜 第12話 迷決

第12話 迷決

桐生:「不可能?なぜだ、オリオン!?お前なら、その次元操作の技術を応用できるんだろ!?」
オリオン:「スフィアは、『固定……惑星ニ……。』と、言っている。僕の解析では、スフィアの製作者が設定したプログラムと命令によって、この地球から動けないようになっている。スフィアは、この惑星に『固定』されており、特定の宇宙座標から離れることはできないんだ。宇宙のどこか、あるいは次元の狭間へ移動させることは、僕の能力をもってしても、スフィアの根本的なプログラムを書き換えることに等しい。それは、僕にはできない。」

高梨:「この星から動けないのはわかった……では、なぜ沖縄トラフの深海にいたんだ?」

オリオン:「スフィアは、『共鳴……最適……。』と。地球の特定の地点に存在する『根源情報場の活性が高い場所』、あるいは『特定の地脈のエネルギーが集中する地点』に設置されていると推測される。沖縄トラフの深海はその最適地点の一つだった、というだけだ。スフィアは、移動こそできないが、その影響範囲を地球全域、さらには太陽系にまで広げることが可能だ。」

桐生は、肩を落とした。彼にとって、スフィアを研究できる絶好の機会が、場所の制約によって失われることが、何よりも惜しいようだった。
「そうか……地球から動かせないとなると……。つまり、スフィアの処遇は、この地球のどこかに『置く』という選択肢しか残されていない、ということか……。」

「それなら、なおさら、この施設に置くべきです!研究を続ければ、制御する技術、平和的に利用する方法を見つけられるかもしれない。医療、環境問題、エネルギー危機……スフィアの力があれば、人類はあらゆる問題を解決できるはずです!それを、闇に葬るなんて、あまりにも愚かだわ!」
ナタリーは焦燥感を露わにした。彼女はスフィアの潜在能力を、人類の未来を救う唯一の希望だと信じているようだった。

佐伯所長:「ナタリーの言うことも、一理ある……。しかし、危険が大きすぎる。それに、与那国深域センターに置いたままでは、日本政府もアメリカ政府も、そして各国が、このスフィアを自国のものにしようと奪い合うだろう。紛争の火種にしかならない。」

ナタリー:「だからこそ、我々が管理すべきなんです!我々が、国際的な管理体制を敷くべきだわ!」

佐伯所長:「国際的な管理だと?それは、口で言うほど簡単じゃない。各国政府の思惑が入り乱れるだろう。ここでの私の一存で、スフィアを勝手に動かすこともできない。ましてや、次元の狭間に隠すなど、上を納得させるのは不可能だ。そんな提案をすれば、私は責任を問われるだけでなく、国際問題になりかねない。」
佐伯の言葉は現実的だった。彼の顔には、組織人としての苦悩がにじみ出ていた。

高梨:「所長の言う通りだ。日本政府もアメリカも、スフィアの情報を知れば、決して手放さない。軍事的な優位性を確保しようとするだろうし、世界中の国々がそれを欲しがる。まともに会議を開けば、何年も時間がかかるだろう。そして、その間に、間違いなく戦争に発展する。」

ディラン:「つまり、話し合いなんて無駄ってことか……。どうすんだ、オリオン?お前が次元壁を張った理由、俺は今、痛いほど理解できたぜ。」

オリオンは、彼らの議論を静かに見つめていた。彼の半透明な身体は、揺らぐことなく、しかし彼の瞳の奥には、新たな計算が高速で進められているような光が宿っていた。
「そう。これが僕が最も懸念している事態だ。君たち人間は、言葉で解決できない時、力に訴える。スフィアは、その誘惑があまりにも大きい。だからこそ、ここにいる君たちだけの『秘密』で、この問題を解決しなければならない。」
オリオンの言葉は、彼らに、この次元壁が解かれた後の世界の混乱を、まざまざと見せつけた。彼らに残された道は、極めて限られている。彼らは地球上のどこかにスフィアを置いたまま、その制御と人類の未来を決めなければならないのだ。

オリオンの身体を構成する光の粒子が、わずかに瞬いた。彼の瞳が、スフィアをまっすぐ見つめた。

オリオン:「……いや。正確に言うと、スフィアは『見えないように動く』ことはできる。テレポート、と表現するのが一番近いかな。一瞬で、別の場所に『存在』を移すことが可能だ。しかし、それは『進化を促す』、あるいは『特定の現象を引き起こす』といった、製作者や高次元生命体の意図された行動にのみ適用される。スフィア自身が、君たち人間の指示で任意の場所へ『自ら移動する』ことは、そのプログラムの範囲外なんだ。」

高梨は、オリオンの言葉を反芻するように眉をひそめた。
高梨:「どういうことだ?お前は今、この星から動かせないと言ったばかりじゃないか?」

オリオン:「スフィアは、『重力操作』『次元位相』『空間湾曲』といった超技術を応用し、僕が指定した場所へスフィアをテレポートさせることは、不可能ではない。」

オリオンの言葉に、室内に緊張が走る。それは、オリオンが提示した、あまりにも画期的な、しかし同時に危険な選択肢だった。

ディラン:「まじかよ、オリオン!お前、そんなことまでできるのか!?それなら、話は早いじゃねえか!誰も知らない場所に一瞬で飛ばしちまえばいい!」

ディランが興奮気味に言った。しかし、オリオンは静かに首を振った。

オリオン:「いや。そう単純じゃない。このテレポート機能は、スフィアの『製作者の意図』に深く根ざした技術だ。僕がそれを『人類の都合』で利用しようとすれば、スフィアのコアに極めて大きな負荷がかかる。僕自身の処理にも、多大なエネルギーと演算能力が必要になる。それに、スフィアを無理に動かせば、再度その波動が不安定になるリスクもゼロじゃない。何よりも、この操作は、スフィアのプログラミングに『反する』行為になる。成功する保証は、現時点では50%を切る。」

オリオンの言葉が、ディランの興奮を冷まさせた。50%を切る成功率。それは、ギャンブルに等しかった。

南條:「……それでも、試す価値はあるんじゃないですか?もし成功すれば、物理的な移動に伴う、あらゆるリスクを回避できる。」

南條は、人類がスフィアを巡って争うことを心底恐れていた。

佐伯所長:「だが、オリオンの言う通り、成功率は低い。それに、スフィアを動かすには、大量のエネルギーと時間が必要になる。その間、この次元壁を維持し続けるのか?もし失敗すれば、スフィアの再活性化を招き、再び与那国深域センターが、いや、世界がパニックに陥るかもしれないぞ!」

佐伯の声には、焦りと、組織の長としての責任感がにじみ出ていた。

高梨:「所長の言う通りだ。だが、物理的に移動させるとなれば、それはそれで問題が山積している。オリオンが重力操作の一部でスフィアを軽くできたとしても、あれほどの質量を、海上や陸路で、世界中から目を盗んで運ぶなど、不可能に近い。必ず大勢の人員が必要となり、機密の維持は絶望的になる。」

高梨の脳裏には、スフィアを回収した時の光景がよぎった。あれほどの存在を隠し通すことの困難さ。

高梨:「その情報が漏れれば、日本政府だけでなく、アメリカ、中国、ロシア、各国の情報機関が、この与那国島に集結するだろう。スフィアの力を自国が手に入れようと、軍事的な衝突に発展する可能性も否定できない。まともに会議を開けば、何年も時間がかかるだろうし、その間に戦争に発展するのは間違いないだろうな。」

ディラン:「つまり、どっちに転んでも、ハイリスクってことか。でも、物理的に動かすよりは、オリオンがお前一人でやってくれる方が、まだ秘密は守れるってことだろ?成功率が低くても、やるならそっちじゃねえのか?」

オリオンは、彼らの議論を静かに見つめていた。彼の半透明な身体は、揺らぐことなく、しかし彼の瞳の奥には、人類の未来を左右する、新たな計算が高速で進められているような光が宿っていた。

オリオン:「そうだね。そして、人類が容易に到達できない場所は、いくつか存在する。例えば、深海、極地の氷床下、あるいは活火山の地下深く……。しかし…」

オリオンの言葉は、『どこか』へスフィアをテレポートさせるという行為自体が、オリオンにとっても、人類にとっても、新たな困難と危険を伴うことを示唆していた。
オリオンのホログラムが、スフィアのテレポート座標を設定する間、彼の身体を構成する光の粒子が、これまでにないほど激しく明滅し始めた。その輝きは、彼がどれほどの演算負荷に耐えているかを示していた。

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