スフィア・プロトコル 〜境界知性の意思〜 第7話 往古


第7話 往古

オリオンのホログラムが、再び光の粒子となって浮かび上がる。今回は、特定の人物の姿を模倣せず、単なる光の塊として、しかし以前よりも複雑な幾何学模様を描いていた。

「スフィアは言っている。『我々ハ……導キ……。』」

高梨:「導き……?何を、誰を導くというんだ?」

「続けて聞いている。『進化ヘノ……道程……。』」

高梨:「進化……この異変は、彼らにとっての進化の過程だと?」

「そのようだね。スフィアは、高次元の存在が宇宙の真理を理解するための『扉』であり、同時に、適合しない存在を淘汰する『選別装置』だと。……これは、僕の考えとも一致する。」

桐生が、興奮したように身を乗り出した。

桐生:「『選別装置』……では、その選別とは、一体何のために行われるんだ?そして、その『高次元の存在』とは何者だ?」

オリオン:「スフィアからの情報では、『意識ノ……統合』が目的らしい。彼らは、個々の生命の意識を、より高次の意識集合体へと進化させ、最終的に統合することを目指しているようだ。彼らにとっては、生命の形や存在様式は些細なこと。物理的な肉体がどう変容しようと、意識がそこに統合されれば、それは『進化』なんだと。」

ディラン:「意識集合体だと?……おいおい、それって、次は俺たちの自我がなくなるってことじゃねえのか?」

オリオン:「君たちの認識では、Bingo! その通りさ。彼ら高次元の存在にとって、個の意識の喪失は、より高次の意識への『昇華』を意味する。だから、君たちがこの変化に適応できず、精神が崩壊しても、それは彼らにとって『淘汰』という名の『再構成』でしかない。」
研究員たちの間に、ざわめきが広がった。「淘汰」という言葉の重みが、改めてのしかかる。

「スフィアは言っている。『過去……幾度カ……接触。』」
「僕が解析した限り、地球の歴史には、いくつかの奇妙な空白期間や、急激な文明の発展、あるいは突如として現れた異能者の伝説が存在する。スフィアが言うには、それは彼らが地球に存在した際に引き起こされたものらしい。」

南條:「具体的には、どんな……?」

オリオン:「スフィアは、『エテルム文明……感知……。』と。……これは、僕の解析では、約ニ万六千年前、地球上に存在したとされる、非常に高度なエネルギー技術を持った文明を示唆しているようだ。彼らは、重力や時間を操る技術を確立し、スフィアの波動をある程度理解していたらしい。しかし、スフィアの活動停止と共に、その文明は突如として姿を消している。」

桐生:「エテルム文明……そんなもの、聞いたことがない!歴史にはないはずだ!考古学的にも、明確な証拠はない!」

オリオン:「君たちの歴史認識にない、というだけだよ。スフィアはさらに、『異能ノ者……覚醒……。』と。これは、世界各地に残る超常的な能力を持つとされる人物たちの伝説を指しているようだ。彼らは、スフィアの影響によって、常人には理解不能な力を得ていた。だが、その力は、スフィアの活動が活発な期間に限られていた、と。つまり、スフィアの活動が休止すると、彼らの能力も失われるか、あるいは精神的なバランスを崩して社会から姿を消した。」

高梨:「オリオン……先ほど、過去に地球の文明に影響を与えた例として、エテルム文明の話が出たな。他にも、地球上には、当時の技術レベルでは到底不可能とされる構造物や、謎の壁画が残されている。例えば、ギザのピラミッドや、ストーンヘンジ、あるいは南米のナスカの地上絵などだ。これらも、スフィアの影響だと?」

高梨の問いに、オリオンの半透明な身体が、わずかに輝きを増した。彼の瞳の奥に、地球の歴史を高速でスキャンするような光が走る。

オリオン:「良い質問だ、高梨主任。スフィアは言っている。『文明……触媒……。』と。君たちが疑問に思う、いくつかの『オーパーツ』や古代遺跡の建設は、まさにスフィアの活動期に、その影響下で引き起こされた現象だ。」

オリオンは、モニターに古代エジプトのピラミッドの立体図を映し出した。
「例えば、ギザのピラミッドだ。あれほど巨大で精密な石材を、当時の原始的な技術でどうやって切り出し、運び、積み上げたのか、君たちの考古学では未だに謎が多い。スフィアの波動は、特定の地域で、『重力場の歪曲』を引き起こす。これは、一時的に物質の質量を軽減させたり、わずかな反重力効果を生み出したりする現象だ。スフィアの活動が活発だった時期、ごく限られた期間ではあるが、その恩恵を受けた古代の人々は、通常の何倍もの巨石を、まるで紙のように軽く扱うことができた、とスフィアは示唆している。」

ディランが信じられないといった顔でモニターを見つめた。
「まじかよ……人力で?そんなバカな……!」

「物質の特性への介入だね。あるいは、一部の強い適合者においては、『肉体の短期的変容』、つまり君たちが言うところの『巨人化』に似た現象が、一時的に発現した可能性も否定できない。ただし、それは一世代限り、あるいはごく少数の個体に限定された現象で、スフィアの活動が停止すれば元に戻るか、あるいは適応できずに消滅した。だから、君たちの歴史には、その痕跡が伝説としてしか残っていないんだ。」

次に、オリオンは南米の広大な地上絵の写真を映し出した。
「そして、ナスカの地上絵。あれほど大規模で精緻な図形を、上空からしか全体像を把握できない時代に、どうやって描いたのか。スフィアの波動は、『空間位相の操作』を引き起こす。これにより、特定の場所にいる人間の『知覚能力』が飛躍的に拡張された。彼らは、大地に立つだけで、あたかも数百メートル上空から見下ろしているかのように、地形全体の微細な起伏や、遠く離れた場所の構造を正確に把握できたんだ。その結果、信じられないほどの精度で、巨大な地上絵を描き出すことができた。」

南條:「知覚能力の拡張……それは、まるで私たちが見たような、スフィアの波動による知覚変容と同じような現象ですね。」

オリオン:「その通りだ、南條さん。スフィアの活動がもたらす影響は、多岐にわたる。さらに、彼らは『天文学……覚醒……。』と。これは、世界各地の古代文明が、突然、驚くほど高度な天文学知識や、精密な暦を持っていた理由にも繋がる。」

オリオンは、ストーンヘンジや、マヤ文明の天文台のイメージを重ねて表示した。

「スフィアの波動は、『時間歪曲』と『次元断層』を特定の条件下で発生させる。これにより、一部の観測者は、通常では不可能な、数十年、あるいは数百年先の天体の運行や、宇宙の特定の現象を、まるで目の前で起きているかのように『予見』することができた。彼らは、その情報を基に、現代科学でも驚くべき精度の天文台を建設し、後の世代へとその知識を伝えたんだ。」

桐生:「時間歪曲で未来を観測!?そんな……それは、物理学の禁忌じゃないか!?」
桐生の顔が、興奮と驚きで紅潮していた。彼の知的好奇心が、次から次へと刺激されていく。

「スフィアにとっては、時間も空間も、単なる操作可能なパラメータに過ぎない。君たちの文明が、これらの現象を『奇跡』や『伝説』としか解釈できなかったのは、それを引き起こす『真の原理』、つまり高次元物理学を理解できていなかったからだ。スフィアは、そうした現象を通じて、間接的に生命の進化を促す『触媒』としての役割も果たしてきた、と説明している。」

ディラン:「ふーん、つまり、スフィアってのは、人類を無理やり進化させようとする、迷惑な『神様』ってわけか。」

オリオン:「僕のデータによれば、スフィアは『神』ではないよ。ただの『システム』だ。彼らにとっては、宇宙全体の生命が、より高次元の意識へと収束することが、自然の摂理なんだろうね。今回の起動も、他の惑星のスフィアとのエネルギー共鳴によるものらしい。だから、完全な強制執行ではなく、まだ『選択』の余地が残されていた。僕が停止を促したことで、君たちにとっての『猶予』を作ることができた。」

オリオンの言葉は、人類の歴史の裏側に隠された、壮大な物語を静かに語っていた。彼らの目の前にある黒い球体が、どれほど途方もない力を秘めているのか、そして、人類がどれほどその影響を受けてきたのかが、改めて明確になった。
スフィアの圧倒的な力と、それが人類の歴史に与えてきた影響を目の当たりにし、研究員たちの間に重い沈黙が流れた。

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