【短編集‐花の冠】第十一話『橋を渡る』
橋を渡る-グラージュ-
「橋の向こうは、死者の世界だ」
村人の言葉が、背中に残っていた。
けれど、風は橋の向こうから吹いていた。
風が俺たちを呼んでいた。
風の先、それがどこにたどり着くかわからない。
しかし、それだけが今俺たちを突き動かしていた。
橋の中腹。
先を歩いていたサリムを追い越し、
いつの間にか俺が前を歩いていた。
空がうっすらと白み始め、
霧はその濃度を増していた。
聞こえるのは、かすかに軋む橋の音だけ。
風の音は、いつしか消えていた。
立ち止まると、サリム一人分の足音だけが残った。
振り返ると、霧がすべてを包み、
村の姿を見ることはできなかった。
俺たちは、何も言わなかった。
ただ、歩いた。前へ。
村人は「橋の向こうは、死者の世界だ」と言った。
板を踏む音は、俺たちが今ここに生きていることを示していた。
ふと、前方の霧がわずかにゆらいだ。
霧の切れ間に、輪郭が浮かび上がる。
橋の終わりだった。
橋の終わりにたどり着くと、
前方の霧が消えていくのが分かった。
しかし、振り返る橋のほうには濃い霧が残ったままで、
村を見ることはできなかった。
霧が晴れたその先に、小さな小屋が見えた。
丸太を無造作に積み上げたような、古びた建物。
開いた扉の奥から、やさしく風が流れてくる。
「グラージュ……僕たちは生きているよね?」
「ああ、死んだ記憶はない」
そう言いながらも、この場所の異様さに俺も気が付いていた。
朝にもかかわらず、鳥の鳴き声がしない。
足音は砂利が敷き詰められていて、草花もない。
俺には、命の片りんを見つけることができなかった。
「びゅう」
小屋から風の音がした。
小屋が俺たちを呼んでいる。
「……行こう」
サリムは「行こう」とも「やめよう」とも言わなかった。
何も言わず、ただ小屋へと向かっていった。

