【短編集‐花の冠】第三話『灰の月』
灰の月
その村では旅人を迎える時、
礼儀として最年長のものが謁見する。
最年長の者
――彼女の命は、今まさに終わろうとしていた。
その深いしわには、
たくさんの時間が詰め込まれていた。
少年は、老婆の手を握っていた。
骨ばったその手は、まだわずかにあたたかかった。
「こわくないの?」
少年がそう聞くと、
老婆は目を細めて、かすかに笑った。
「アタシらは死んだら、灰になって風に乗るのさ。
月を見て、アタシがそこにいるって思ってくれたら、
それだけで、十分さ」
そう言って、しわだらけの顔に、
やわらかい笑みを浮かべた。
「私は、ここで生まれて、ここから空に行くんだよ。風になってね。
あんたたちはどこから来て、これからどこに行くんだい?」
少年は少し考えて、隣に立つ男を見上げた。
異国の男は、少年の手に手を重ね、老婆の手をそっと包んだ。
「どこに行けばいいのか、俺にはわからんのだ」
「異国のアンタ。気になさんな。それはきっと、風が教えてくれる」
夜がきた。
誰も声を上げず、ただ静かに火が焚かれた。
木がはじける音だけが、静寂を揺らしていた。
燃えさかる炎に乗せられて、灰が舞い上がる。
高く、高く、漆黒の夜空へと吸い込まれていく。
その上に、
白く輝く、丸い月があった。
少年が、ぽつりとつぶやく。
「月は、死んだ人を天に導く光なんだね」
異国の男は、少し黙ってから、うなずいた。
「ああ……きれいだな」
焚き火を囲む村人たちは、
一言も発せず、ただ月を見上げていた。
「ほんとうに、あの人は風になったのかな」
男は目を閉じたまま、低くつぶやいた。
「わからん」
「明日から、僕たちはどうするの?」
「ああ、彼女の言ったまま。風の方向に行ってみよう」
風が、草を揺らした。
どこからともなく、白い花びらが一枚、舞い降りた。
少年はそれを手のひらに受けて、そっと目を閉じた。
異国の男は、何も言わず、空を見上げていた。
月は彼女が生まれた日も、変わらずそこに浮かんでいた。

《終》
