好き化粧【毎週ショートショートnote】
好き化粧――それは、恋が消えた時代にだけ残った、最後の「嘘」だった。
惑星エリムセの居住区では、ニューロ・モジュレーターの規格に適合した化粧品しか売っていない。頬に塗れば、心拍も表情も整い、「好意らしい反応」だけが外に出る。好きではなくても、好きの形だけは作れる。
市場の棚で、アンジョーが小さな瓶を握っていた。
「ねえノボー、これ……昔のレシピなんだって」
成分表は単純だった。色素、香料、油脂。制御コードはない。
「じゃあ、ただの化粧じゃないか」
「うん。でもね、“好き”って、こういうものだった気がするの」
アンジョーは頬に一滴落とした。
規定なら、心は何も動かないはずなのに。
次の瞬間、アンジョーの瞳だけが、わずかに震えた。
「……いま、変な感じがした」
「どんな?」
「痛いのに、あったかい」
胸のアタッチメントで、AIボローが小さく笑った。
「それが恋や。法律が消してもうたやつや」
AIジョフクは黙ったまま、記録ログの送信を止めていた。
