今日は休日
家の中で、伸びすぎたポトスを剪定しました。
数年前、私は植物を育てるのがあまり得意ではありませんでした。
仕事をしていると、毎日こまめに植物の世話をする余裕はありません。しかも家の中には西日が強く当たる場所もあります。
「こんな環境でも育ってくれる植物ってないのかな」
そう思って調べて出会ったのが、ポトスでした。
これが驚くほど丈夫でした。
多少ほったらかしていても、するすると伸びる。
「もうそんなに頑張って伸びなくてもいいよ」
と思っても、まだ伸びる。
気づけば、つるは2メートル以上になっていました。
伸びたものを切るのは、もったいない?
私は今まで、剪定というものがあまり好きではありませんでした。
せっかくここまで伸びたのに、それを途中で切ってしまうなんてもったいない。
なんとなく、そんな気がしていたからです。
でも今回、剪定について調べてみると、少し見方が変わりました。
上へ上へと伸び続けている部分を切り戻すことで、植物は脇芽を出したり、株元をこんもりさせたりする方向へ成長していくことがあります。
伸びることだけが、成長ではない。
それなら一度、切ってみよう。
そう思って、長くなったポトスをチョキチョキ切り始めました。
頭の上に、葉っぱを乗せてみた
すると、切ったポトスの葉っぱを見た夫が、ふざけて頭の上に乗せ始めました。
それを見ていたら、妙な想像が浮かびました。
もし、この世界に、
「頭に乗せている葉っぱの枚数が多いほど偉い」
という文化があったらどうなるんだろう。
新人は葉っぱ1枚。
少し偉くなると2枚。
その上の人は3枚。
さらに偉くなると4枚。
そんな社会です。
その世界ではきっと、
「同期のあの人、もう葉っぱ3枚なんだって」
「すごいね」
「私はまだ1枚しかない……」
なんて会話が交わされるのでしょう。
葉っぱを4枚つけた人が部屋に入ってきたら、みんなが一斉に頭を下げる。
本人も4枚の葉っぱを堂々となびかせながら歩いている。
その社会の中にいる人からすれば、ごく自然な光景です。
でも、その文化をまったく知らない人が外から見たら、
「どうしてみんな、頭に葉っぱを乗せているんだろう?」
と思うかもしれません。
しかも、葉っぱをたくさん乗せている人ほど尊敬されている。
理由を知らなければ、ちょっと滑稽にさえ見えるかもしれません。
葉っぱ1枚でも、おしゃれかもしれない
反対に、葉っぱの枚数に何の意味もない社会ならどうでしょう。
葉っぱ1枚の人を見て、
「その葉っぱ、かわいいね」
「その角度、おしゃれだね」
なんて言う人がいるかもしれません。
葉っぱがゼロでも、誰も気にしない。
4枚つけていても、
「ずいぶんいっぱいつけてるね」
くらいのものです。
同じ「葉っぱ1枚」なのに、
ある社会では「まだ1枚しかない」。
別の社会では「素敵な1枚」。
物そのものは何も変わっていないのに、所属する文化が変わるだけで、その意味はまったく違ってしまいます。
だから、いくつかの世界を持っていた方がいいのかもしれない
「いろいろなコミュニティに所属した方がいい」
という話を聞くことがあります。
私は今まで、それを「人脈を増やすため」とか「居場所を増やすため」という意味で考えていました。
でも、もしかすると別の意味もあるのかもしれません。
一つの世界にしか所属していないと、その世界の「葉っぱ」が、ものすごく重要なものに見えてしまう。
葉っぱが増えれば嬉しい。
同期より少なければ焦る。
一枚減ったら、自分の価値まで下がったような気がする。
いつの間にか、
「葉っぱの枚数=自分の価値」
になってしまう。
でも、別の世界にも足を置いていたら、
「そういえば、あっちの世界では葉っぱなんて誰も数えていなかったな」
と思い出せます。
そうすると、少し楽になります。
ここでは大切な葉っぱだけれど、世界のどこへ行っても絶対に必要なものではない。
葉っぱがなくなったとしても、私は私です。
自分は、何枚が心地いい?
ポトスを剪定しながら、もう一つ思いました。
大切なのは、
「できるだけ葉っぱを増やすこと」ではなく、「自分は何枚くらいが心地いいのか」を知ることなのかもしれない。
1枚がちょうどいい人もいる。
4枚つけて堂々と歩きたい人もいる。
一度は5枚まで増やしてみて、
「ちょっと重いな」
と思ったら2枚に戻してもいい。
葉っぱを増やす人生も、減らす人生も、自分で選べます。
今日、私は2メートル以上伸びたポトスを切りました。
せっかく伸びたものを切るなんてもったいないと思っていたけれど、切ることで、今度は別の方向へ成長していく。
人間も案外、同じなのかもしれません。
上へ上へ。
もっと長く。
もっとたくさん。
そうやって伸び続けることだけが成長ではない。
ときには剪定して、自分が本当に育てたいところへエネルギーを戻す。
そして時々、自分の頭の上を触ってみる。
私は今、何枚の葉っぱを乗せているんだろう。
そして、その枚数は本当に、私が心地いいと思って選んだ枚数なんだろうか。
そんなことを考えながら、剪定したポトスを眺めています。

