怪談百物語#55 皿
洗い物が面倒でずっと放っていた。
流し台がグチャグチャだ。
家中の皿がそこにある。
使える皿がないので、仕方なく洗うことにした。
全て洗い終わってみると見覚えのない皿が加わっていた。
何だこの皿。
男の一人暮らしにそぐわない、白磁の洋食器みたいな小さな皿。
全部引っ越してから買い揃えたから良く覚えている。
丼と茶碗、あとはでかい大皿しか買った覚えがない。
当然使った覚えもない。
どこで紛れ込んだ?
とりあえず棚の中で一番清潔な、一番上の段に置いておいた。
他の皿と一緒に置くのも申し訳ない気がして。
数日が経ち、残業を終えてへとへとになりながら駅を出た。
何も作る気が起きないのでコンビニで買った弁当と菓子パンを素手で掴んで帰ってきた。
エコバッグ忘れたんだから仕方ない。
あちあちと左右に持ち替えながらしながらアパートに着くと、部屋の前に誰かがいた。
閉めたはずの窓からこっそりと手を入れていた。
あそこには流ししかない。
あの皿、あいつか!
「おい!何してるんだ!」
声を上げて走り出す。
びっくりしたのか、部屋の前に居た人物は慌てて何かを落とした。
――バリン
何かの割れる音。
そちらに気を取られているうちに怪しい奴は姿を消していた。
部屋の前に着くと落としたものがはっきり見えた。
割れた破片はあの皿と同じに見える。
やっぱりさっきの奴が置いていったのか。
窓の鍵は開いていた。
家に入りすぐに警察を呼んだ。
部屋を見る限り何か取られたわけではないと思う。
「こりゃ酷いですね、えらい荒されようだ。」
いや、違うんですと平身低頭で謝る。
見覚えのない皿が流しにあったこと、怪しい人物が落とした皿と同じであることを話すと警察は指紋も撮らずに帰っていった。
「一応見回りは強化しますので、また何かあればその時は通報してください。」
すぐにかけつけます、と言われても。
どうにもならないか。
落胆しながら警察を見送り家に戻った。
戸締りをしっかりして、冷めきった弁当を食べる。
容器を捨てるとどうにも流しが気になった。
知らない誰かが触ったと思うだけで元々汚いのがさらに汚れて見える。
洗い物を終えて皿を棚に戻す。
ふと上を見るとあの皿がない。
あの割れた皿、もしかしてうちにあった皿か?
取りに来て、それで割れてしまった?
何も悪くないはずなのに罪悪感が生まれる。
――ガラガラ
閉めたはずの窓の開く音。
窓を見るとさっきの人物がこちらを覗いていた。
「あなたのせいで割れたじゃない。」
しわがれた声だがおそらく女性だろう。
びっくりした。
一体どうやって開けたんだ。
元々はお前が皿を入れたのが原因だろ。
色々言いたいことが混ざり過ぎて上手く言葉にできないうちに、そいつは姿を消した。
それから一年経つが、あれからあいつは二度と姿を見せることはなかった。
警察の巡回強化のおかげだろうか。
だがあいつがその気になればいつでもうちの窓を開けることができ、流しに皿を紛れさせることができる。
そう思うと安心して寝ることもできない。
あいつは今日もどこかで、誰かの家に皿を紛れさせているのだろうか。
そう考えると何だか怖いような、笑えるような。
ともかく、早く引っ越したい。
次の家では白磁の皿を揃えるのも悪くない、ちょっとおしゃれにくらしてみるか。
