怪談百物語#34 時計塔
家庭科の授業中、課題の刺繍をチクチクと縫い進めていた。
適当に縫っても内申点にそれほど影響はない。
手元から目を離して退屈を縫い留めていく。
「危ないよ、ちゃんと見て縫いなって。」
友人から何度目かの注意を受ける。
一時間、真面目にやってるのはあんただけだよ、ため息をつく。
「これができたからって何にもならないよ。意味ないからやめたい。」
手を止めて話題を返す。
この家庭科室から西向きに窓がある。
そこからは4階建ての校舎よりも高い、学校自慢の時計塔が見える。
高さに見合う大きな時計は、現在12時を指している。
「あと40分も縫うの嫌でしょ。お腹空いたし、もうめんどくさい。」
ペースは友人よりも早いが、糸がグチャグチャに縫われている。
丁寧かどうかなどどうでもいいのだ。
そもそも不器用、思いを込めても縫い目は合わない。
「そういえばさ。」
友人の手元も動きを止めた。
元来話好きの子、少し水を傾ければドバドバと話題は尽きず流れ続ける。
「時計塔のてっぺんに旗立てるとこあるでしょ。なんで旗を揚げないのか知ってる?」
くだらない話。いつもこう。
ためになるようなことは一つもない。
でもそんな話が楽しい。
くだらない日々こそモラトリアムを充実させる。
だからこの子の話が好きだ。
「なんで揚げないの?聞かせてよ。」
授業はここで終わり。
昔は、この学校は毎日朝礼を行っていたそうだ。
当時は授業が始まる前の早朝にわざわざ登校させて行っていたらしい。
朝礼の最初は校長先生からのあいさつ。
それが終わると全校生徒で国歌を歌い、校旗を揚げるのが恒例だった。
近年の旗揚げは機械式だが、当時は全て人力。
毎朝生徒会の役員が屋上で手回しハンドルを使って旗を挙げていた。
「まあ単刀直入に言うね。その役員が旗を揚げてる最中に時計塔から落ちたらしいの。」
あっさりとネタばらしを行う友人。
そろそろ次の話題に移るのか、と話をうながす。
「それで旗を揚げなくなったんだ?知らなかったなあ。」
「そうでしょ。でもここからが揚げなくなった本当の理由なんだけどさ。」
その生徒が落ちて以降、旗を揚げることはなくなった。
生徒会にも影が落ちて学校中が暗い雰囲気に包まれた。
朝礼も段々と短くなっていき、そのうち月曜と木曜の週に2回に減った。
それが綿々と続いて今でも週2の朝礼が続いている。
「朝礼なんてなくせばよかったのに。」
週2で生まれる15分の無駄な時間。
「徐々に減っていって、1度は全部なくなったらしいよ。」
でもね、と友人は続ける。
「その次の週から毎朝、旗が揚がるようになったんだって。」
校門が閉じられている早朝、用務員さんが最初に開けたときにはすでに。
「よくやるね。誰かの悪戯?昔の人って結構気合が入ってたんだね。」
無神経な人が居たんだなあ。
私はそう思った。
人が落ちてなくなった場所に上がり、毎朝事故の原因である旗を揚げる。
今やれば即SNSで炎上しそう。
「違うと思う。」
友人は顔を少ししかめて話を続ける。
揚がっている旗を降ろそうと用務員さんが時計塔に上がると、いつの間にか旗は降ろされていたらしい。
時計塔の階段は長い。
屋上へ上がるまでに、旗を降ろす時間は十分にある。
だが降ろした当人はどこへ消えたのか。
怪談は一つしかなく、階段の途中には踊り場があるだけ。
隠れるような場所には鍵付きのドアがある。
そこの鍵は用務員さんと校長先生の2人しか持っていない。
悪戯にしては出来過ぎている。
「一応犯人が来ないか張り込んだりもしたみたいだけど、いつのまにか揚がってたんだって。」
それがまた朝礼を再開したらぴたりと揚がらなくなったって。
不思議な話だ。
「心霊現象って話?」
「わかんない。」
結末が適当すぎる。
締まらないなあ。
「今でもたまに旗が揚がってるみたいだよ。何人か見たっていう話、先輩から聞いたし。」
見たら死ぬっていう噂もあるけどね。とクスクス笑いながら友人が言う。
あてにならないよね。先輩、友達、誰かから聞いたという言葉。
「そうなんだ。変な話だね。」
ほんとにねー。と笑顔で話す友人から目を離し、時計塔を眺める。
その話を誰から聞いたかも覚えていないみたい。
あの朝見た何も書かれていない真っ黒な旗。
今も時計塔を見るたびに思い出す。
