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怪談百物語#88 ギター

胸が痛む夜はギターを弾く。
弦に指を這わせる。
ざらついたスティールと滑るようなナイロン。
同時に爪弾くと、清濁が和音を奏でる。

このギターは頂いたものだ。
アーティストを目指していた先輩が最初に選んだギター。
ギターの違いが判らずに買ってしまった、と言っていた。
フォークギターとは少し違うクラシックなスタイル。
形も違えば弦も違う。
元々は全てがナイロンでできた弦が張られていたらしい。
それが気に入らなかったらしく、太い6~4弦はスティールの弦が張られている。
ギターの上部、ネックの部分が歪むんじゃないかと何度も言われたそうだ。
でも先輩は頑なにこのスタイルを通していた。
一度決めたら譲らない、頑固な人柄によく似たのだろう。
このギターの音色もクラシックギターとは一味違う。
硬い音を奏でる。

大学を卒業した先輩と次に会ったのは通夜の席だった。
上司との飲みの席で深酒をし、帰りに川に落ちて溺死。
学生時代の先輩は自分の限界を決めて、しっかり管理していた。
決めた分量以上のお酒を飲むことはなかった。
通夜で集まった懐かしい顔ぶれ、サークルのメンバーが小さな輪になり話し合う。
どうしてこんなことに。
私は輪を離れて、色々な人の話を盗み聞く。
どうやらこの場に上司はいないらしい。
そういうことなのだろう。

通夜が終わると先輩のご両親に呼ばれた。
以前のように、私達は先輩のお宅へお邪魔した。
今夜は先輩の部屋ではなくて、居間へ。
遺品整理の間に見つかった楽器や楽譜。同じサークルだった皆さんへお渡ししたい。あの子もそれ望むと思うから。
そう言ってたくさんの楽器やグッズを居間へ持ってきてくれた。
どれもこれも見覚えがある。
コードが上手く弾けないと言う先輩に、私があげたカポ。
彼氏と一緒にバイトして、入った給料で買ったと自慢していたギター。
憧れのバンドのライブで手に入れたサイン付きのピック。
どれも先輩の思い出が詰まった大切なものだった。

私達はそれぞれ形見分けを受け取って家に帰った。
このクラシックギターはその日に頂いたものだ。
寂しい夜にはこれを弾く。
爪先ではじくように、アルペジオ。
一音一音を丁寧に。
初めて弾き方を教わった頃のように。
一年生だったあの時を思い出しながら。
私の部屋に初恋の音が反響する。
聞いてくれるのは一人だけ。
屈託なく笑うあの細い目が好きだった。
今じゃ落ち窪み、何も映らないようだけど。
血色の良かった唇は紫よりも薄い色をしている。
細かく、細かく。
動いている。
震えるように。
先輩は今年の十月、学生時代から付き合っていた彼と結婚する予定だった。
凛々しくて頼りがいのある人だと言っていた。
あの夜泣いていた姿はとても弱そうで、先輩がいたから強くなれたんだろうなと私は思った。

寂しく流れるギター、単音の音色。
久しぶりの演奏で指先が冷たく痛む。
観客は一人だけ。
調子はずれに呟き続けている。
――もう少し、もう少し生きたかった。幸せになりたかった。幸せに。
他のサークルメンバーの所にも来てるのだろうか。
私の所だけだと良いな。
そう思って、演奏を続ける。
丁寧に、一音ずつ。教わった通りに。
先輩から受け取った演奏で。
寂しい夜にはギターを弾く。
変わり果てた姿でも先輩に会いたくて。

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