いつまでもお母さんの娘でいさせて。【育休日記/産後76日目】
母の日が近い。
今日は母と2人で出かけてきた。
なぜなら、
母からこんなおねだりLINEが届いたからだ。
「母の日、何か買おうと思ってるなら別に大丈夫。
何もいらないから、ぷにんこ(私)と一緒に
お茶する時間をちょうだい♡」
たまにイラっとすることはあっても、
やっぱりわたしの母は、こういう可愛げがある。
今回もまんまとやられた。
わたしは母を車で迎えに行った。
母は車に乗るなり、こう言った。
「あら?今日は娘ちゃんは一緒じゃないんだ!」
あらま。笑
ごめんね、わたしだけで!
さすがに、
生後2ヶ月半のいつ泣き出すかわからない娘を連れて、静かなカフェに長時間滞在するのは…
仮にできたとしても、
わたしがハラハラしてリラックスできないので無理。
なんてことを説明したら、母は笑っていた。
今日はわたしだけで許してくれ。
車を10分ほど走らせた。
向かった先は伊勢丹。
どこのカフェに行こうかと尋ねたところで
母が言ったのだ。
「まずは娘ちゃんのお洋服でも見に行く?」
昨日は5月5日。
こどもの日だったので、娘に何か買ってあげたかったらしい。
カフェで甘いものを食べる気満々で、
朝食は軽めにしてきたのにな。
まぁ、いいや。
買ってあげたいという気持ちは嬉しい。
わ〜いいの!と喜んで
服を見に行った。
ベビー服売り場を見て回った。
娘が不在なので
どのお店でも「贈り物ですか?」と聞かれた。
そのたびに「もうすぐ3ヶ月の娘の服を探しに」と答えるのは、なんだか誇らしかった。
たぶん、母も同じ気持ち。
孫の服を探しに来れたのが、とても嬉しいらしい。
「これも可愛い」「あれも可愛い」「こんなのもいい」
と言ってはしゃいでいる。
こちらの方が少し疲れてしまうほどのテンションの高さだ。
ただ先日、同じテンションだった義母から
なんと5着も娘の服をプレゼントしてもらったばかり。
さすがに娘の夏服はもう十分なので
「今日は1着でいいからね」と、何度も伝えた。
しかし。
母の好み×わたしの好み×娘に似合う×長く使える
このすべての条件を満たす究極の一着を見つけるのは、そう簡単なことではない。
1時間近く悩んで歩いた。
結果、選ばれたのは
1万円超の花柄ワンピース。
今はドレスとして、
一年後はトップスとして使えるため
ベビー服にしては長持ちするはず。
とはいえ、高い。
可愛いけど、高い。
ありがたいけど、高い。
西松屋の服なら、10枚近く買える値段だ。
これをルンルンで買っている母。
初孫パワーは恐るべし。
わたしが小さい頃は
そんないいドレスを買ってもらっていたのだろうか。
少しだけ嫉妬しつつ、
この後はカフェに向かった。
母は「わたしとお茶したい」と言っていたので、
何か特別な話でもあるのかと少し身構えていたが、
話題のほとんどは、娘のことだった。
写真共有アプリ「みてね」の、どの写真が可愛かったとか、
今度来た時に使えるおもちゃを買おうと思っているとか、そんな話ばかり。
まぁ、そうだよね。
嬉しそうに話し続ける母の顔を、コーヒーをすすりながらじっと見つめていた。
その後、少しだけショッピングをしようという話になった。
産後、自分の服をゆっくり見ることはほとんどなかったので、心が躍った。
どタイプのトップスを見つけた。
セールで、2,900円だ。
1万円の娘の服に比べたら大したことのない値段。たぶん以前の私なら迷わず買っていた。
ただ、娘が生まれて以来、
「自分のためにお金を使う」ということをあまりしてこなかったせいか、
以前のようには即決できなかった。
そのトップスを買うかどうかで
うんうん悩んでいると、
母は、
「悩んでるなら買えば〜」とだけ言って、
店の奥の方へ消えていった。
なんだよ。
冷めてるなぁ。
昔は、母と買い物に行くと
「これも似合うんじゃない?」「こっちも見てみたら?」と
わたしのことばかり気にかけてくれていたのに。
もう、わたしにお金を使ってもらえる時代は終わったのか。
少し悔しくなった。
娘に、少しだけ嫉妬。
結局、自分のトップスは買わずに出てきてしまった。
帰ってきてから夫に
「わたしにお金を使ってもらえる時代は終わった」
と話したら、
「そりゃそうやろ」と、あっさりだった。
まぁ、そうだよね。
当たり前か。
なんだか寂しいような、
少し物足りないような気持ち。
でも。
帰宅後、母から届いたLINEには、
「久々にぷにんこ(私)とゆっくりできてよかった!とても楽しかった!!またお茶しよう!!」
というような言葉が、ハートの絵文字やにぎやかなスタンプで飾られていた。
思わず笑みがこぼれる。
また、母の可愛げにやられてしまった。
なんだかんだ言いつつも、
母は楽しそうだったし、
わたしも楽しかったから、まぁいいや。
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やはりわたしは、一児の母になったとはいえ
いつまでも母の娘だから
母の喜んでいる姿を見るのが
単純にうれしいのだ。
これは、わたしが赤ちゃんだった時から
きっと変わっていないんだと思う。
お母さん、いつもありがとうね。
