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34歳で離婚

2018年4月に入籍し、その後、同年9月に結婚式を挙げました。
また同年の夏に会社の人事異動の関係で、関東への転勤となり二人で関東に移住しました。

お互い関東には知り合いが少なく、不安を抱えながらも二人だから大丈夫という安心感がありました。

新しい環境で暮らし始めるも関係性は変わらず、レス期間は続く。
家族ではあるものの恋人ではない。

新しい環境や仕事のストレスもあり、次第に彼女の喜怒哀楽の怒の部分が増えていった。

会社の上司の悪口は増え、飲食店の店員さんの態度が気に食わないと睨みつけ舌打ちをし、車の運転をする日のは横断歩道を渡ろうとする人に「〇にたいのか!」と言っていた。

結婚して数か月経ったときの頃、子供欲しくないの?と聞かれた事があった。本音を言うと、子供を作るのが怖かった。
なんと答えたらいいか分からず、「仕事も忙しいし、まだいいかな」と言い訳をした事を覚えている。

仲はいいが男女の関係ではないというストレス、もう女性として見られていないといったストレスに彼女は想像以上に追い詰められていた。
しかし、私はそこに向き合うことができなかった。

ピリピリした空気は増えていった。

仕事から家に帰ってきては、勢いよくドアをバンッと閉め、トイレやお風呂で大きな独り言で悪口を言っているのが聞こえてきた。
内容は会社の上司や私に対するものだったと思う。
「〇ねばいいのに」「〇んで欲しい」、時には壁を殴る音も聞こえてきた。

その度に、なぜこうなってしまったんだろう、もう限界だよなと思うものの社内婚であるが故に、周囲のお世話になった方々の顔が浮かび、離婚という選択を押しつぶしていた。

そんな中、彼女の行動に変化が現れるようになる。
深夜まで帰ってこない日や、一人旅と言い数日いない時があった。
もう問い質す気力もなかった。

2024年1月中旬だった。
仕事中の私に一通のLINEがきた。

「今日の夜話したい事がある」

ついにその時がきたかと思った。
胸がざわざわしたまま家に帰ったが彼女はいなかった。
その後、待つこと3時間、深夜1時ごろ彼女が帰ってきた。

「新しい家を契約してきたから、あと2週間で出ていく。その後、会社を辞めるので、離婚してほしい。」

覚悟していたものの、10年間が走馬灯のように頭の中を流れて、涙と震えが止まらなくなっていた。
頭では終わらせないといけないと理解していたが、心や体が受け入れきれずにいた。その夜は眠れず、情けなく彼女に寄り添い、ずっと泣いていたのを覚えている。

もう無理だと頭でわかっていたのになんとか修復できなかと提案していた。次の日も仕事終わりに、もう一度、話したが彼女の決意は固かった。

そして、その翌日から彼女は家に帰ってこなくなった。
2週間のはずが、2日後からもう二度と顔を合わすことはなくなった。

その後は、事務的なLINEが続いた。
会社は4月末で退職するので、退職後に離婚届を提出してください。
必要なものは取ったのであとは全て捨ててください。

10年間毎日一緒に過ごしていた人が、ある日、いなくなった。
その現実は想像してた以上に辛いものだった。
眠ることも、食べることもできず、でも仕事には行った。
仕事の休憩時間や、帰り道など、隙間時間になると震えが止まらなくなっていた。とにかく隙間時間をなくそうとしていたが、そんな2月のある日、都内では珍しいくらいの大雪が降った。
その影響で、出勤後、午前で帰宅指示が出た。

午後に隙間時間ができてしまう。乗り切れる気がしなかった。
その足で私は職場の近くの虎ノ門駅近くにあるメンタルクリニックに行き、不安薬が処方された。その後、唯一東京に住む友人に連絡をし、カラオケにいく事になった。

その夜、ベッドを無理やり寝室からリビングに移動させた。
人間とは不思議なもので、眠る位置を変えるだけで、少し眠れるようになった。些細なことだけど、この気づきは救いだった。

思い出さないようにする事はできない、でも目に映るものや触れるものに変化を与えるだけで少しだけ前を向ける自分に気づくことができた。

そこからは彼女が残していった大量の服、結婚式の前撮りの写真、結婚式のDVDなど思い出を捨てる清算の日々が始まった。
この服、あの日着てたなとか思い出し、泣きながら部屋とゴミ捨て場を往復し続けた。休日は車の売却先を探したり、リサイクルショップに行ったり、新居を探し始めたりと、過去の清算と未来へ進むための作業を繰り返していた。

彼女がいなくなった2か月後の3月中旬、新居に引っ越した。
南向きで日当たりが良く、内装は白がベースで、2面採光の家だ。
この空間なら、暗い気持ちになりようがない、願掛けのような思いだった。
そこから郵送で離婚届をやり取りし、手元にそろった離婚届を2024年5月15日に区役所に提出した。

これが、離婚までの経緯である。
財産分与も婚姻費用も慰謝料も年金分割も何もなかった。
2014年4月5日から始めた二人の生活は、2024年5月15日をもって終わり。

その後も日々は続いていく。
これからどうやって生きていけばいいのかわからなかったが、真面目に仕事は休まずに行き、休日は生活を整えていく事だけに専念した。

そうこうしているうちに、真夏になっていた。
次の恋愛のことなんて全く考えていなかった。
しかし、些細なきっかけでマッチングアプリに登録することになる。

些細なきっかけ、それは、職場でお世話になっているコンサルの方と会食後、人生で初めて港区の会員制クラブへ連れていってもらった時のことだ。お盆明けの8月のことだった。

離婚したという事を重く捉えていた私だったが、その場にいた全員が離婚くらいノーダメージ、まだまだ大丈夫と、お酒の席であった事もあるが女性も男性もすごくフランクに離婚について捉えていた。

それで不思議と心が軽くなり、人生で初めて婚活というものをやってみようかなといった気持ちになった。
その後、9月からマッチングアプリ「ペアーズ」に登録しアプリ活動が始まった。トータル、アプリでは20人~30人ほどの人に会いました。












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