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【灯りのカケラ:深雫】四十二滴〜他人軸で生きてきた私たちへ〜


皆さんは、
夢を叶える人と、叶えられずにいる人。

その違いを、深く考えたことはありますか。

今回は、そんなことを
皆さまと一緒に静かに見つめてみたいと思います。

夢を追えるかどうかは、
才能や努力だけで決まるわけではない。

それを見守れる余裕が、
家族にあったかどうか。

失敗しても戻れる場所が、
用意されていたかどうか。

それもまた、ひとつの現実だったのかもしれません。


私にも、選択肢はありました。

離れて暮らしていた父は言いました。
「お前はやればできる。美容師は知り合いに話せば住み込みでやれるし、動物好きなら獣医師になるために支援する。本気なら応援するぞ」と。

姉の結婚式では、
看護師にならないかと声をかけていただいたこともあります。

当時の私は、アニメが好きで、
主題歌を歌う人になりたいと思っていました。

オーディションに合格し、養成所にも通いました。
けれど、歌のレッスンより台詞の勉強が中心で、
高い月謝と汽車賃は自分で払っていました。

親の反対もありました。

私は途中で、諦めました。

あのとき、夢が弱かったわけではありません。

私は、反対する人の言葉を
自分の判断にしたのです。

「あなたのために言っている」
「戻ってくるだけだ」
「現実を見なさい」

その言葉を、正解にしました。

本当はどうしたいのかを
自分に問い返す前に。

けれど今なら分かります。

あのときの私は、
夢を諦めたのではなく、
“安心”を選んだのだと。

挑戦する材料も、
説得し続ける勇気も、
失敗しても戻れる余白も、
十分ではなかった。

だから私は、
自分を納得させるしかなかった。

その選択は、弱さではなく、
あのときの私なりの最善でした

夢を諦めたはずなのに、
歌は私の中から消えませんでした。

生きるために働き、
役割に縛られ、
自分を納得させながら過ごした時間。

それでも、どこかで燻り続けていた。

離婚し、借金を抱え、
生きることに必死だった頃。

帰りに立ち寄ったバーで歌ったとき、
若い女性が涙を流してくれました。

あのとき気づいたのです。

夢は、形を変えて生き続けることがある、と。

きっと皆さんの中にも、
事情があって燻らせてきた夢があるのではないでしょうか。

家族のこと。
お金のこと。
役割のこと。

夢を叶えることは、容易ではありません。

でも、叶えられなかったからといって、
その人が弱いわけではありません。

夢にかける時間は、人それぞれです。

早く咲く花もあれば、
ゆっくり根を張る花もある。

遅咲きでも、いい。

その分、深みが増し、
自分にしか出せない色になるのだから。

本当にやりたかった形とは、
違うかもしれない。

あの頃思い描いていた舞台とは、
少し違う場所かもしれない。

それでも――

魂が静かに喜び、
「ああ、これだ」と感じられるなら。

それはもう、
夢が叶ったのと同じなのだと思うのです。

早くなくていい。
大きくなくていい。

遠回りしたからこそ辿り着けた、
自分だけの色であれば、それでいい。

中には、
「それが正しいのだ」と言う人もいるかもしれません。

自分を納得させながら生きてきた人ほど、
その選択を“正解”だと信じたいこともあるでしょう。

それもまた、その人の人生です。

けれど――

自分の人生を生きているのは、自分です。


何が正しくて、
どの形が夢の成就なのか。

それは、誰にも決められない。

けれど――

それでも、揺れることはあります。

これでよかったのかと、
夜に問い直す日もある。

人はそんなに強くはないから。

でも揺れながらも、
それでもなお選び続けているのなら。

それはもう、
自分の人生を歩いているということなのだと思います。

揺れながらでも、
迷いながらでも。

それでもなお、
自分の心の声を拾い続けるのなら。

私は今、
古い殻をそっと破ろうとしています。

遅くてもいい。
遠回りでもいい。

魂が喜ぶほうへ。

もう一度、
自分の人生を選び直すために。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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