【東京エッセイ】満員電車の”押し屋”を知っているだろうか
時代は昭和。
フレックスやオフピーク、ましてリモートワークなんて夢にも思わなかった時代。
現在のJR新宿駅にて。
既に満員なのに、それでも1人でも多くの人を車両に押し込んで、人で膨れ上がって閉まらないドアを閉めるためだけに、人を押し込んでドアを閉める仕事をする人々の一群がいた。
生で見たことがない人でも、当時の映像で見たことがある人はいるだろう。
彼らはどんな人々だったのだろう、と思って調べてみた。
彼らは“押し屋”と呼ばれる人々だった。
まさに、仕事がそのまま名前になった例だろう。
学生のアルバイトが中心だったという。
朝夕のラッシュの時だけ、その仕事をしていたという。
今では完全に廃れてしまった仕事と思っていた。
しかし、調べてみたら、現在でも一部残っているらしい。
満員電車に更に人が乗車した状態を“超満員”という。
あまりに露骨な表現で、少し可笑しかった。
それに関連して、いろいろと調べていくと、鉄道法上現在でもその職務内容は規程されていて、適用条件や罰則等の定めもあることが判明した。
人はいなくなっても、仕事はなくなっても、法規上は未だ生きているなんて。
これもある意味では“行きた化石”のひとつだろう。
その当時、実際に“押し屋”に押し込まれていた人々にとっては、ノスタルジーを感じる人もいるかもしれない。
それとも、苦い記憶だろうか。
映像で見たことがある人にとっては、へえ、昔は大変だったんだね、と何処か遠くの出来事として傍観者のような感想かもしれない。
無理もない。
それは確かに、遠い時代の風景だ。
僕はおそらく、“押し屋”に押し込まれたことのある最後の世代かもしれない。
気がつけば、彼らはいなくなっていた。
そして、いつの間にか自宅で仕事をするようになっていた。
テクノロジーの進歩と社会の変化、価値と意味の多様化が進んでいく流れの中の“移ろい”なのだろう。
数年後はどうなっているのか、誰にも分からない。
では、もし停電したらどうなるのだろう。
社会基盤としてのインフラだけに電力が供給されるようになったとしたら。
そうなると、駅員が手動で改札を開けるように、テクノロジーの裏にはいつも“人の手”が控えていることに改めて気づくだろう。
そして、もしかすると再び“押し屋”が現れるかもしれない。
歴史に埋もれた影の奥から。
