【東京エッセイ】サリンジャー
繁栄と狂乱、退廃と衰退の時代に。
デリンジャーは銃を選び、サリンジャーは筆を選んだ。
サリンジャーは鮮烈に人間と時代を抉り取り、そのままの形でそっと俎上に上げた。
誰かに読んで欲しくてではなく、自分の魂の救済のために。
メディアを嫌い、遠ざけて、インタビューも拒んだ。
それは評価を恐れてではなく、寧ろ評価そのものからの忌避であった。
加うるなら、浪費の文明への、静かなる反逆だったのだろう。
サリンジャーは、読者の希求すら求めなかった。
純粋に作品の『理解への予感』という、儚い赦しと感じていたと見える。
彼は民衆の敵ですらなく、まして英雄にもなりたくなかった心情が伺える。
慟哭の中の囁きを筆致に据えたのだろう。
サリンジャーの天才は、それ故に彼自身を遠ざけた。皮肉なことに。
死してなお輝き続ける彼の作品群は、現在においても、救いの余韻が存在し続けている。
サリンジャーは言うだろう。
やっと穏やかになった、と。
