澄んだ目の理由と、私の小さな誇り
最近、目がキラキラした人に
会う機会が続いている。
前回書いた刀研師の方もそうだけど、
先日伺った着物屋さんもそうだった。
その方は博多織に長年携わられている方で、
歴史や技法を語るその目は、
驚くほど澄んでいた。
同じ会場で、
沖縄の着物を専門に扱う
社長さんともお会いした。
沖縄の着物には、
かつての戦地としての悲しい記憶や、
当時、本土から差別的な呼び方を
されていた歴史がある中で
残っている痛みが
刻まれているのだという。
「大切な人が無事に帰ってきますように」
そんな切実な祈りを、
ムカデの足になぞらえた
特有の模様に込めて織り上げる。
社長さんは、
その消え入りそうな人々の想いを守り、
広めるために独立したのだと語ってくれた。
その背景にある重みを知り、
語る彼の目もまた、
ずっと聴いていたくなるほどに
キラキラと輝いていた。
伝統を繋ぐ博多織の方も、
祈りを届ける沖縄着物の方も、
そこに優劣はなく、
ただ、それぞれの場所で
静かに光っているように見えた。
同じ日、娘の入学祝いで
オーダーしていたピアスを受け取りに
宝石屋さんへ行く、少し特別な日だった。
そこにもまた、
目が離せなくなるような
美しい目をしたスタッフの方がいた。
「仕事として接客している」というより、
本当に石が好きで、
その魅力を伝えたくてたまらない。
その人の内側にある「熱」が、
自然と伝わってきた。
一見、穏やかな日常の風景。
けれど、YouTubeで「レスキューハウス」の
“タイチョーさん“という方の目を見たとき、
私の中で何かが繋がった。
何百という過酷な現場を経験し、
命のやり取りを見てきたはずの人の目が、
なぜあんなに澄み渡っているのだろうか。
彼らに共通しているものは、何なのだろう。
私自身、誰かの手や爪を整える
仕事に向き合ってきた中で、
爪が傷んで悩んでいた方や、
巻き爪で痛みを抱えていた方が、
「楽になった」と表情を緩めてくれた瞬間があった。
手を見せることに抵抗があった人が、
少しだけ前向きになってくれた時、
この仕事をしていてよかったなと思った。
派手ではなくても、
誰かの痛みや悩みに寄り添える場所には、
小さな誇りが宿る。
彼らを見ていると、
そんな微かな記憶が
呼び起こされるような気がした。
うまく言葉にできないけれど、
そこには「自分を偽っている濁り」が
一切ないように感じる。
たとえそれが過酷な現場であっても、
職人の孤独な世界であっても、
彼らは自分の居場所を「嫌々」選んでいないのだ。
仕事が単なる義務ではなく、
自分の生きがいや、
人生の一部になっている。
それは「楽(らく)」をしているから
輝いているのではない。
厳しい現実や責任を引き受けながら、
それでもそこに立ち続けてきた人の目なのだと思う。
何か一つのことに深く、
覚悟を持って向き合っている人の放つ
「キラキラ」には、
また別の静かな強さがある。
「自分も、あんな目をした人になりたい」
それは単に好きなことを仕事にする、という
綺麗事ではないのかもしれない。
迷いがないのではなく、
迷いながらも、自分の感じたものを置き去りにしなかった人の目。
場所を選ばず仕事ができる今の自由や、
新しく目指している道の先で。
いつか自分の言葉で、
誰かに何かを伝えられるようになれたら。
その時、私の目も少しは澄んでいるだろうか。
