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日本の朝、イランの夜、アメリカの昼。


ゲーム『Sky 星を紡ぐ子どもたち』の世界は、
私にとって少し特別な場所だ。


Skyの好きなところは、
強さを競うゲームではないことだ。


旅の終わりに待っているのは、
集めたものを抱え込む未来ではなく、
自分の羽を誰かに分け与える時間。


せっかく集めた光が散っていくのは、
最初は耐えられない切なさが込み上げる。


けれど何度も旅を繰り返すうちに、
終わりではなく、
また始まりなのだと感じるようになった。


光はなくなるのではなく、
誰かへ渡り、
そしてまた巡っていく。


そんなSkyの世界観は、
どこか輪廻や循環の物語にも似ている。





数年前、このゲームが
ノルウェーのシンガーソングライター・
AURORA(オーロラ)とコラボした。




自然破壊や命の循環、
人種や性別を超えた愛を歌う彼女の世界観と、
Skyの空気が見事にマッチした
あのバーチャルライブ。


世界中のプレイヤーが同じ空間に集まり、
一つの光のようになって
響き合ったあの一体感は、
本当に幻想的で鳥肌が立つほどだった。



けれど、
あまりにもその瞬間の熱量が
素晴らしすぎて、
私の中でSkyのピークを迎えてしまい、
それから2年間、私はゲームをお休みしていた。



最近になって、
ふとあの美しい世界が恋しくなり、
週に1、2回だけ、
のんきにログインするようになった。


星座盤から、
昔のフレンドに小さな光(エナジー)を灯す。


「私は今日もここにいるよ」という、静かな挨拶。



すると今日、
2年前にフレンドだった
イランに住むルナが、
私の光に応えてくれたのだ。

嬉しくて、急いで彼女の元へと会いに行った。


画面の中で再会できた私たちは、
お互いにこれでもかとハグを交わし、
言葉にならない喜びを分か分かち合った。



正直に言うと、
私の中のイランという国は、
ニュースの中にあった。


緊迫した情勢。
女性たちの抗議活動。
爆撃の映像。


そんな断片的な情報ばかりが頭に浮かぶ。


だからこそ、
「ルナは大丈夫だろうか」
と、どこかで心配していた。



けれど実際に再会したルナは、
私の想像していた「イラン」ではなかった。



会えたことを喜び、ハグをして、
一緒に空を飛び、笑っていた。


そこにいたのは、
ニュースの中のイラン人ではなく、
私の大切な友達だった。

どこかで心配していたけれど、
画面の向こうのルナは
「今は落ち着いているよ」と、
穏やかに教えてくれた。





そして、奇跡はそれだけでは終わらなかった。


ルナと別れたあと、
今度はアメリカに住むデビンが、
私の星座盤を灯してくれたのだ。

彼女とも、実に2年ぶりの再会だった。


デビンは、私が『Sky』の中で
1から大切に育てた大好きなフレンドだ。

初心者の子をいろんな場所に
連れて行って育ててあげるのは、
このゲームの素敵な醍醐味でもある。


日本のアニメが大好きな彼女とは
インスタのDMでも繋がっていて、

かつて私は、日本の美しい着物や、
折り紙樹脂で作られたピアスなど、
日本らしいものをたくさん詰め込んで
プレゼントを贈ったこともあった。


ルナと、デビン。


現実の世界を見渡せば、
イランとアメリカは激しく睨み合い、
ニュースのフィルターを通せば
「敵国同士」と呼ばれる国。


けれどかつて、
私は自分の大切なこの2人を、
ゲームの中で一緒に連れて飛んでいたことがある。


私の真ん中で、
イランの女の子とアメリカの女の子が、
国籍なんて全く関係なく、
ただの友達として楽しそうに
仲良くお喋りをしていた。



このゲーム自体はアメリカ生まれだけれど、
そこには中国の子も、日本の私も、
イランの子も、ロシアの子も
みんなが等しく「星の子」として集まっている。



国と国との対立という
フィルターを一枚めくれば、
そこには私たちと同じように
普通に日常を生き、


大好きなアニメに目を輝かせ、
誰かを想って小さな光を灯し合える、
優しい「一人の人間」が確かに生きている。



画面を閉じれば、
私たちはまたそれぞれの日常へ帰っていく。

日本の朝。
イランの夜。
アメリカの昼。


同じ空を見ることはできなくても、
同じSkyの空で出会うことはできる。

私たちにはそれぞれ時差があるけれど、
また3人で飛べる日を楽しみにしている。






モヒカン テチニキのわい



追伸
※原罪に連れてってくれる方を急募。

ルナに原罪へ行こうと誘われたのですが、
2年のブランクで飛行に自信がなくなっています🥺


ここまで読んでくれてありがとう💞








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