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「正しさ」で相手を追い詰めていないか。事実と解釈から考えるマネジメントの鉄則


「正しさが一つなのであれば、なぜ戦争は起こるのか」

過去に触れた言葉の中で、私の価値観を大きく揺さぶった強烈な一言です。 私たちはつい、世の中には絶対的な「一つの正解」があり、間違っている悪者を正しい正義が倒すのだという構図で物事を捉えがちです。
漫画の世界であれば、主人公がいて圧倒的な悪の存在があり、それらを倒すために主人公が奮闘する、といったストーリーです。

しかし、実際の世界において、歴史を見れば、戦争は「両者がそれぞれの正しさを信じているから」こそ発生します。
どちらが正義、どちらかが悪、なのではなく、どちらにも正義があるのです。

この残酷な事実は、私たちの日常や仕事におけるコミュニケーションの真理を見事に突いています。

「正しさ」の正体は、ただの解釈である

結局のところ、「正しさ」とは何なのでしょうか。
私は、正しさとは「絶対的な一つの事実」ではなく、「事実を組み合わせた時に生まれる、その人個人の解釈」に過ぎないと考えています。

例えば、「売上が目標に届いていない」という一つの事実があったとします。 ある人は「もっと行動量を増やすべきだ(それが正しい)」と解釈し、別の人は「行動の前にターゲットを見直すべきだ(それが正しい)」と解釈します。事実は一つでも、立場や経験、その時の感情によって、生み出される「正しさ」は人の数だけ存在します。

だからこそ、自分が信じている正しさを絶対だと信じ込み、他者に押し付けようとすると、そこには必ず小さな「戦争」が起きてしまうのです。


「正しいこと」を言うだけでは、人は動かない

マネジメントの現場において、この「正しさの罠」は頻繁に牙を剥きます。

20代の頃の私がまさにそうでした。「お客様のために行動するべきだ」という、どう考えても「正しい」理屈を武器にして、スタッフを力で動かそうとしていました。
しかし、正論で相手を論破し、こちらの「正しさ」で相手を抑え込もうとすればするほど、スタッフの心は離れていきました。相手には相手の事情があり、相手なりの「正しさ(解釈)」があったからです。

マネジメントにおいて、「自分が正しいから相手が従うべきだ」というスタンスは、百害あって一利なしです。正しさでマウントを取って勝ったところで、チームの成果には何一つ繋がりません。


事実を共有し、解釈をすり合わせる

では、意見が対立した時、あるいはメンバーに動いてほしい時、リーダーはどう振る舞うべきでしょうか。

重要なのは、自分の「正しさ(解釈)」を押し付けるのをやめ、まずは「事実」だけをテーブルの上に置くことです。

「今、こういう事実(現状)があるけれど、あなたはどう捉えている?」

そうやって相手に解釈してもらい、相手の頭の中にある「正しさ」を理解する。
もしその解釈が相手にとって真実であるならば、それを真っ向から否定するのではなく、「じゃあ、その前提に立った上で、どうすれば一緒にこの事実を良い方向に変えていけるか」を横並びで考えるのです。

「正しさ」は人の数だけあります。 正論を振りかざして相手を屈服させるのではなく、互いの解釈の違いを認めた上で、一緒に解決策を編み出していく。それこそが、本当に強いチームを作るマネジメントなのだと思います。

お知らせ
私は現在、リゾートの現場で約150人のチームのマネジメントをしながら、今年12月の独立に向けて準備を進めています。独立後は、マネジメント経験を活かしたキャリア・働き方の個別相談を始める予定です。チームづくりや、現場のコミュニケーションに悩んでいる方は、ぜひフォローしてお待ちください。


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