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【オランダ移住生活】到着編

出発、フライト、到着までの三部作の完結編になります。

到着編

『オランダのトイレの便器の位置は高すぎた。』
長いフライトを終え、アムステルダム・スキポール空港に降り立ち、トイレに向かった私が
オランダに来たことを実感した瞬間だった。

オランダは世界屈指の長身大国だ。平均身長は男性で184cmを誇るという。私の身長が170cm前後だったとしたら、トイレの使用は困難だったであろう。子供に至っては間違いなく使用は不可能だ。

その高さはまるで、ファーストステージ終盤に待ち構えるそり立つ壁のような存在感を放っていた。これにはミスターSASUKEも苦笑いを浮かべるに違いない。

まさか、トイレでオランダを感じることになるとは思ってもいなかった。そんな軽い衝撃を胸に、私は入国審査へと向かった。

混雑はほとんどなく、10分ほどで自分の番が回ってきた。ブースの向こうにいた審査官は、にこやかな表情でこちらを見ていた。

座っていても分かる。
疑いようのない大男だった。

入国審査は、事前に何度も想定していたはずだった。聞かれるであろう質問も、頭の中ではシュミレーションができていた。
それなのに、いざその場に直面すると、うまく言葉が出てこなかった。何を聞かれているのかも聞き取れなかった。

とっさに私は、「住む場所」を答えた。
すると審査官は、にこりと笑って、通してくれた。今思えば、きっと「目的」を聞かれていたのだろう。私はまったく的外れな答えを返していたに違いない。

それでも彼は、笑顔で私の入国を許可してくれた。あの笑顔にはきっと

「ようこそ、オランダへ!」


そんな優しさが含まれていたのだと思う。

荷物を受け取り空港を出ると、外は夜のとばりに包まれていた。冷たい空気が頬に触れる。日本とはどこか違う冷たさの空気だった。

そして、そこにはこれからオランダでの仕事でお世話になる人物が立っていた。私を迎えに来てくれたのだ。

彼はドジャースのロバーツ監督に似ていた。
なのでここでは彼を「ロバーツ」と呼ぶことにする。

ロバーツは50代の男性で、彼もまた、まごうことなき大男だった。
幼少期を五反田で過ごしたというロバーツは、少しぎこちない日本語で言った。

「ようこそ、オランダへ!」

その一言だけで、彼の人柄が伝わってきたように思えた。長い移動で張り詰めていた何かが、少しほどける感覚がした。

ロバーツはここから車で1時間ほどの郊外に、住居まで手配してくれていた。
見知らぬ土地で、ここまで段取りを整えてくれているロバーツにはただただ、感謝の気持ちでいっぱいだった。

これから先、私はきっと、ロバーツに足を向けて寝ることはできないだろう。

そんな日本的な感覚が頭をよぎる。
オランダにも、こういう“感覚”のようなものはあるのだろうか。
もっと上手く英語でコミュニケーションが取れるようになったら、いつか聞いてみようと思った。

ロバーツの運転するBMWに乗り込み、私は住居へと向かった。
窓の外に目をやると、景色が静かに流れていく。これから過ごす異国の地の景色に、私は目が離せなかった。

気づいたのは、街の色だった。
オランダの街は、オレンジ色に染まっていた。
日本で見慣れた白い光の街灯とは違う。
ここでは、柔らかく滲むようなオレンジ色の灯りが、街を包み込んでいる。

その光に照らされて浮かび上がる街並みは、幻想的で映画のワンシーンのようだった。
窓越しに流れていく景色を眺めながら、私は改めて、ずいぶんと遠いところへ来たのだと実感した。

道路は街灯が少なく、思っていたよりもずっと暗かった。その一方で、不思議な光景が目に入る。
あちこちに点在するサッカーコートだけが、まるで別世界のように、煌々と輝いているのだ。その眩しいくらいの照明の中では誰かが走り、ボールを追いかけている。

暗い道路と、眩しいほどに照らされたコートの対比が、やけに印象的だった。
オランダという国では、サッカーは、他の何よりも優先されるものなのかもしれない。

そんなことをぼんやり考えているうちに、車はロバーツが手配してくれていた住居へと到着した。
外観は新しく、手入れも行き届いている。
おじさんが一人で暮らすには、十分すぎるほど立派な家だった。

ロバーツと別れ、部屋に入る。

「長い一日だった。」

もう何もかも明日に回して、今日は寝てしまおう。そう思った。

スマホを充電しようと、変圧器をコンセントに差し込んだその瞬間だった。

バチッ。

乾いた音とともに、変圧器から白い煙が上がった。
次の瞬間、照明がすべて落ち、部屋は一気に暗闇に包まれた。

ブレーカーが落ちたのだ。

暗闇の中、窓から差し込むオレンジ色の街灯の光に照らされて浮かび上がった白煙は、まるで

「ようこそ、オランダへ!」

と、私への歓迎の狼煙のようだった。

なんとかブレーカーを戻し、部屋に明かりを取り戻した私は選択を迫られることになる。

予備の変圧器を、使うべきか、使わざるべきか。

私は迷ったがコンセントに手を伸ばした。
意を決して黒ひげ危機一発のような気分で変圧器を差し込んだ。

……何も起きない。私は胸をなでおろした。

正常にスマホの充電が開始されたことを確認し、ベットに入り目を閉じた。

「本当に長い1日だった。」

私はワンランク上のおじさんを目指して、オランダへやってきた。
これから先、きっといいことも、悪いことも、たくさんあるだろう。

その一つ一つを通して、何かに気づき、何かを学んでいくのだと思う。

明日は、どんな出来事が待っているのだろう。

見知らぬ異国での生活に不安がないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に楽しみな気持ちの方が大きかった。

そんなことを考えているうちに、やがて睡魔が襲ってきた。

薄れゆく意識の中で思う。

「オランダのトイレの便器の位置は高すぎる。」

出発編

14時間地獄フライト編

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