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楽しいからこそ、問い続けられる~『プレイフル・シンキング』感想レポート~

『プレイフルシンキング』を読んで、私が一番印象に残ったのは、「楽しい」という感覚が、人が学び、考え続け、他者と何かをつくり出すための力になるということだった。これまで私は、楽しいことと真剣に考えることを別々に捉えていた。社会課題に向き合うなら、もっと正しく、まじめでなければならないのではないか。カフェゼミで「Cup and Earth」の準備をしていた時、私はその問いにぶつかった。

Cup and Earthは、マイカップや貸し出しマグカップを使うことで、紙コップを減らしながら会話を生む実践である。当日、多くの来場者が笑顔でマグカップを使ってくれた様子を見て、私は胸がいっぱいになるほど嬉しかった。しかし、その裏側にはゼミ生同士の迷いや議論があった。「環境問題について深く知らない私たちが、この活動をどのような立場で続けていくのか」。もっと環境問題を勉強すべきだという意見もあった。一方で、私は「マグカップを持ち寄って会話すること自体が楽しい」と感じていた。でも、本当に何かが変わるのかという不安もあった。

この経験を振り返ると、『プレイフルシンキング』が示す「プレイフル」とは、単に楽観的でいることではないのだと思う。むしろ、答えが出ない状況でも、「どうしたらできるだろう」と問い続ける姿勢に近い。私たちは環境問題の専門家ではなかった。だからこそ、完璧な正しさを掲げるのではなく、「知らない私たち」なりに、楽しく、少し地球にいいことをしてみようという方向にたどり着いた。その過程では、考える、言う、一旦試作する、また考える、という実験を繰り返した。これは、上田信行さんのいうプレイフルな学びそのものだったのではないか。

特に心に残ったのは、プレイフルな場は一人の気持ちだけで生まれるのではなく、環境や仲間との関係性によって育つという点である。C&E(Cup and Earth)の議論も、ただ結論を急いでいたら、苦しいだけで終わっていたかもしれない。しかし実際には、お菓子をつまみ、お茶を飲み、時には冗談を言いながら話していた。そうした余白があったからこそ、意見の違いをよりよい形を探す材料として受け止められたのだと思う。場づくりとは、安心して迷える空気をつくる小さな工夫の積み重ねなのだと感じた。

長岡先生はよく、「グループフローを起こすためには、不断のコミュニケーションが必要」だと言う。C&Eを振り返ると、あの終わりの見えない議論こそが不断のコミュニケーションだったのだと思う。みんなが「いいものを作りたい」と本気で思っていたからこそ、簡単にはまとまらなかった。でも、誰も議論から逃げなかった。相手の意見を否定するのではなく、自分の違和感も手放さずに、最適解を探し続けた。その状態は、苦しいけれど少し楽しく、頭を回転させながら参加している感覚だった。

この本を読んで、私は「楽しいだけじゃ何も変わらない」という言葉を、少し違う形で捉え直した。ただ楽しいだけでは変化は生まれないかもしれない。しかし、楽しいからこそ人は関わり続けられる。楽しいからこそ、難しい問いから逃げずにいられる。楽しいからこそ、他者の意見を聞き、自分の考えを出し、試してみようと思える。プレイフルシンキングは、答えの出ない問いをなかったことにするのではなく、仲間と一緒に迷いながら考え続けるための方法なのだと思う。

これからも私は、答えの出ない問いに出会うと思う。その時、正しさだけを急いで探すのではなく、仲間と一緒に迷い、試し、時には笑いながら考え続けたい。C&Eで生まれた「終わりの見えない議論」を楽しむ感覚は、これからの私の学び方や場づくりの原点になる。


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