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小さな経験に意味がついてく~

やっほー。ペパーミントだよ🌱
一か月前のことだけど、忘れずに記録したい!
今回話すのは、4月28日に参加したCURULY LAB(クルリラボ)のセッション、「めぐる都市(まち)をつくる vol.2 :都市をムラ化するとしたら」について~

「CURULY LAB」について

まず、CURULY LABって何?「CURULY LAB」は株式会社フューチャーセッションズが行っているプロジェクト。
CURULY LAB | OUR FUTURES
私なりに言うとCURULY LAB(クルリラボ)は、これからの暮らしやまちについて、サーキュラーエコノミーをテーマに様々な人(社会人や大学生問わず)と話しながら考える場!例えば、モノをすぐ捨てず、使い続けてみること。壊れたものを直して、もう一度使ってみること。など。これからの暮らしが“いい感じ”に続いていくために何ができるのか。それは、環境にとって持続可能であることだけじゃなくて、そこに暮らす人たちが無理をしすぎず、心地よく続けられることでもあると思う。そうした問いを、企業や行政だけが考える大きな話にしないで、自分たちの生活の中から考えてみる。
CURULY LABは、そんな場だと思う。

今回のテーマについて

今回参加したのは、「めぐる都市(まち)をつくる:CURULY LABオープンセッション」という連続セッションの第二回目。テーマは「都市のムラ化」。このテーマは、前回のセッションで出てきた話の続きらしい。前回は、都市の中でモノを捨てずに使い続けたり、誰かに渡したりするには、仕組みだけじゃなくて、「隣の人の顔が見える関係」も必要なんじゃないか、という話になったそうだ。同時に、参加者が描いた2030年の未来像から「村化する都市」という言葉が立ち上がったそう。だから今回は、「もし、まちがムラみたいだったら何がめぐり始めるんだろう?」を考える回だった。
でも、都市を本当に村にするというより、人と人との距離が少し近い“ムラっぽさ”を都市の中につくる、ということなのかな。

きっかけ

参加するきっかけは長岡ゼミでもお世話になっている知人からの誘い。「楽しそうなので一緒に行ってみませんか?」とメッセンジャーで誘われた。なんとなく、新しい場所に行きたい!!と思っていたので迷わずに、「行きたいです!」と返信。
当日は、赤坂見附駅で知人と待ち合わせて一緒に向かうことにした。会場は、フューチャーセッションズの赤坂見附オフィス。「今日はどんな人がいるんだろう」と思いながら会場に向かった。私たちは早めに会場に着いた。運営の方にテーブルにどうぞ~と声を掛けられ、私は知人と一緒に同じテーブルに座る。テーブルにはポストイットとペン、白紙が置かれていた。わたしはそれを眺め、ソワソワしながら開始を待っていた。

参加者が集まり、セッションが開始されると早速、「ぜひ知らない人同士でグループを組んでください!」と言われ、私は知人と別れ隣のテーブルに移動。4、5人ずつのテーブルが3つできてそれぞれグループで対話することになった。テーブルを囲むのは、初対面の人ばかりで少しドキドキしたのを覚えている。

簡単な自己紹介やチェックインが終わったタイミングで、こんな問いが出された。

「理想のムラ化した都市とはどのようなものだろうか?」

この問いを聞いた時「どうしよう!答えらえるかな...。」と急に不安になった。「都市」と「ムラ」が並ぶだけで自分にはすごく大きなテーマに感じる。私はグループでの対話が始まると、置いてあるポストイットに他の人の意見を書いたり、相槌をうったり、簡単なコメントをするくらいだった。

他の人の経験を聞いて

そんな時、グループにいた1人の女性がこんなことを話し始めた。

「私、普段マンションで共同の玄関とかあるんですけど、近所の人のために扉を開けたりする時に、ちょっとかっこつけちゃったりするんですよねえwww」
その言葉に、思わずグループで笑いが起きた。急に彼女の日常のちょっとした恥ずかしさが場に出てきて、空気がふっとやわらかくなった感じがした。
女性は続けた。
「本当は話しかけたいのに、なんとなくクールぶっちゃってwアイコンタクトやらなかったりするんです」
私は思わず、
「あーーなんか分かります。私もやっちゃうかも!」と言った。
すると彼女は、
「なんかでも、扉抑えながら、いい天気ですねとか、会話しても良いよなあって。そういう関係性って良いムラっぽいなあと思うんです」

私の経験を話してみる

彼女の言葉を聞きながら、私は前日の出来事を思い出した。
「そういえば、そういう関係性の話で……」
私は少しずつ話し始めた。
「昨日、虹が出ていたんです。それを見つけて、私、マンションを飛び出して見に行ったんですけど、近所の人たちもみんな外に出てきていて。スーツ姿の社会人もいたし、おばあちゃんもいたし、子どももいて、みんな同じ方向を向いて虹の写真を撮っていたんです。なんかその姿に、すごく心がほっこりして」
話しながら、その光景をもう一度思い出していた。別に誰かと会話をしたわけではない。近所の人と仲良しなわけでもない。でも、みんなが同じ虹を見て、同じ方向を向いている。その光景が、なぜかすごくよかった。
すると彼女が、
「うんうん。なんかそういうの良いよねえ」
と返してくれた。
私は続けた。
「別に仲良しなわけじゃないし、会話もないんです。でも、近所にどんな人が住んでいるのか少し見えるというか……。そういう関係って良いなと思って。」
すると別の人が「じゃあ理想のムラ化した都市って、本当の村みたいにめちゃくちゃ近所づきあいが多い感じじゃなくても、なんとなく近所の人の顔が見えるような、ゆるい関係性?かな」と言ってくれた。
その言葉を聞いた時、「ああ、私がぼんやり感じていた理想のイメージって、こういうことかもしれない」と思った。最初は何も答えを持っていなかったのに、誰かの経験に触れて、自分の記憶が引き出されて、さらに他の人の言葉によって、少しずつ考えが形になっていった。

他人の経験が、自分の経験を引き出してくれる!

私は最初、「理想のムラ化した都市」という問いに対して、何も答えがなかった。けれど、一人の女性がマンションの玄関での出来事を話してくれたことで、私は前日に見た虹の記憶を思い出した。そして、その話に他の人が反応してくれたことで、自分の考えが少しずつ形になっていった感じ
もし一人で考えていたら、「ムラ化した都市とは何か」という問いに対して、こんなふうには考えられなかったと思う。誰かの経験が、自分の経験を引き出してくれる。そして、自分の経験もまた、誰かの考えを少し動かしていく。対話には、そういう面白さがあるのかもしれない!

対話することで意味づけをしているって、こういうことか?!

長岡先生の本(ダイアローグ  対話する組織)に、「人は対話をすることで、物事を意味づけていく」p109 という言葉がある。私はこの言葉を、頭では分かっていたつもりだった。でも今回のCURULY LABで、少しだけ「あ、こういうことか?!」と思った。
マンションの扉の話を聞いた時、私は虹の話を思い出した。でも、その時点ではまだ、それが「ムラ化した都市」とどうつながるのか、自分でもはっきり分かっていなかった。けれど、それを言葉にしてみて、他の人が「それ良いね」と受け止めてくれて、さらに「近所の人の顔が見える関係性」という言葉にしてくれたことで、自分の経験に意味がついていった。

難しいこと言わなくていい

自分では「こんな話でいいのかな」と思うような出来事でも、誰かの経験とつながることで、新しい考えが生まれていくかも。
私は今回、CURULY LABでその瞬間を体験したきがする。対話は、正解を発表する場でじゃなくて、まだ言葉になっていないものを、みんなで少しずつ形にしていくことではじまると思う。だからこそ、難しいことを言おうとしなくていい。まずは自分の言葉で、自分の経験から話してみようと思う。


対話の後にはおいしいご飯。毎回違うメニューで用意してくれているらしい。今回は春らしい桜餅♡美味しかったです。


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