応援したいと思った、その先で。
7月28日、また熊本県を襲った大きな地震。
私には、熊本に親戚や知り合いがいるわけではありません。
それでも、10年前の地震の影響を、
今もなお受けながら暮らしている方もいるかもしれないのに、
また地震……。
そんなことを思うと、
とても胸が痛くなりました。
日本に住んでいる以上、
自然災害は避けて通れない。
頭では分かっていても、
やっぱり心はざわつきます。
そんな中で、
この日ある方にこんなことを言われました。
「被災された方への連絡は負担になることもある。
スマホのバッテリーを消耗させてしまうし、状況によっては返信できないことへのプレッシャーを感じさせてしまうこともあるから。」
そうだよね。
よくよく考えたら、確かにそうだ。
でも、実際に被災したことがない私は、
大変恥ずかしながら、
そこまで深く考えることなく、
家族はもちろん、知り合いの住んでいる地域でスマホに地震速報が届くようなことがあれば、
「大丈夫?」「無事?」
そんな連絡を入れてしまっていました。
私のあの行動は、
相手にとって負担だったのだろうか。
ただ、心配だっただけ。
無事でいてほしかっただけ。
「いつでも力になるよ。」
そう伝えたかっただけ。
でも、それは――
無事だと聞いて、
私自身が安心したかっただけだったのか。
そう思うと、胸に小さな棘が刺さったようで、
ずっとぐるぐると考えていました。
そんな時、本当に偶然。
こんな記事に出会いました。
どんな行動が正解なのかは分かりません。
同じ行動でも、その時の状況や相手との関係性によって、受け取り方はきっと変わります。
だから、「これが正解」と一つに決められるものではないのかもしれない。
その上で、私のコメントに対して
華子さんはこんなことを伝えて下さいました。
「今は、人の思いを喜べる状況ではないかもしれないけれど、いつか、みんながこう思ってくれていたよと、熊本の人が確認できる場所になったらいいなって思います。」
この言葉に、私は救われた気がしました。
応援したい。
力になりたい。
その気持ちを持つことと、
その気持ちをどう届けるかは、同じではない。
当事者の方との関係性や、
その時々の状況によって、
動き方はきっと変わっていく。
だからこそ、私に今できることが何なのか。
正直、まだ分かりません。
でも、分からないなりに
今の私にできる小さな一歩だけは踏み出してみよう。
華子さんの想いをシェアすること。
そして、今日感じたこの気持ちを、
文章として残しておくこと。
今の私にできることは、
そのくらいなのかもしれません。
簡単なことではないのは重々承知の上で。
それでも、一日でも早く、
熊本の皆さんの心に穏やかな日常が戻りますように。
