海外旅行に行きすぎて鬱病と診断されてしまった
やっと週末、
飛行機に乗って現実から逃げられる。
コロナ明けからの約3年間、月に1回のペースで海外旅行へ行っていました。
それは贅沢のようなことで、実は「生きるため」でした。
私はずっと見えない迷路の中にいました。
逃げるように旅に出ては、戻ってくるたびに深まる虚しさ。
どこへ行っても、心だけが旅先に置いてきぼりになっていました。
正直、自分が鬱病になるなんて思ってもいませんでした。
私は自分をそこそこタフだと思っていたし、昔は「メンタルが弱い」と言われるタイプでもなかった。
思い返せば、平日はこんなふうに過ぎていました。
毎朝、満員電車に揺られ、
PC画面を見つめながら味のしないコンビニ弁当を食べ、誰とも目を合わせず過ぎていく日々。
「まともな会社員」を演じて、夜は22時頃に帰宅して、そのまま倒れるように寝る。
今日は暖かい日だったね、寒かったね、雨がすごかったね、
そんなことを家族に言われても、
「へぇ〜そうだったんだ」
感情も動きませんでした。
そんなストレスや不安を取り除くため、現実逃避の一環で、また、何も面白味のない平日を取り戻すために、ほとんどの週末や連休を海外旅行にあてていました。

休日になると、急に解放された自由な旅人になる。
海外旅行だけが、唯一自分らしくいられる時間でした。
次の海外旅行はどこに行こう、それだけでワクワクして気力が湧いて、味気ない平日を乗り越えることができました。
好きなことにはこんなにも夢中になれる。
睡眠時間を削ってでも、
脚がどんなに疲れていても、
走り出して見に行きたい世界の景色がありました。
自分はこんなにも美しい世界を、自分の力で見に行くことができている。
それを教えてくれ、自信をくれたのも海外旅行でした。
旅先でやっと自分は「生きている」を感じていました。
海外旅行に行って、
見たかった景色を見るために稼ぐ。
経験に全財産をかけていました。

メキシコのパレード
海外の暮らしに、焦がれるように憧れた。
旅先で見た暮らしが、まぶしく見えました。
マーケットでのんびり店を開く人、
家族で営む小さな宿、
カフェでゆったり働く人たち。
そんな暮らしを見て、思ったんです。
「自分の悩みなんてちっぽけだ」
「自分もそんなふうに暮らしてみたい」
でもすぐに現実が追いかけてきます。
「今の仕事を辞める勇気もない」
「海外で働くスキルもない」
だったらまた旅に出よう。
モノクロな日常を少しでもカラフルにしたい。
そうやって私は、旅先で理想を見ては、帰国して無力感に沈む、というループを繰り返すようになりました。

「私は何も持ってない」
旅をすればするほど、「私には何もない」という感覚が強くなっていきました。
たくさんの美しい景色も、やさしい人たちも、心の奥底にある虚しさを埋めることはできませんでした。
旅先で得られたものは確かにありました。
でも、それを自分の現実にどう生かすかという視点が、私にはありませんでした。
ただ羨ましいと思って、
ただ理想を見て、
「私もああなりたい」と思うばかりで、
実際には一歩も自分の立ち位置を変えられていなかったのです。
その動けない自分への絶望が、少しずつ、確実に心をむしばんでいたのだと思います。

グアナファト
そして、ついに心が折れた。
何ごともなく出勤してPCの電源をつける。
それだけなのになぜか涙が止まりませんでした。
涙で画面が見えなくて、呼吸が浅くなって、人と話すのが怖くなって。
拭っても拭っても涙が溢れ出すので、お手洗いで気分を切り替えても、デスクに戻ると出てくる涙。
夜は次の日の業務のことで頭がいっぱいになり、眠れない日々が続きました。
適応障害となってしまいました。
初めて精神科を調べて向かう時、
上司に診断の内容を伝える時、
休職手続きをする時。
休みたいだけなのに、休むためには一つ一つの行動に、こんなにも大きな労力と勇気がいるんだと気付きました。
そこまでたどり着くのに普段働いている以上にあらゆる神経を使い切りました。
やっと引き継ぎも手続きも終わって、
もうPCも社用携帯も見なくていい。
休職初日、そのような状態になって初めて母と行ったアーユルヴェーダのマッサージ体験後、「こんなにも身体は軽かったのか」と思いました。
そこからしばらく休職して、
また部署を変えて復職することはできました。
けれど、慣れない業務と、まともにとれない昼休憩、連日の遅くまでの残業。
ようやく家についても、仕事の心配事が頭から離れず、寝る直前までPCと向き合っていました。
毎朝、止まらない吐き気と嗚咽に耐えながら、なんとか出社する日々が続いていました。
ある日さすがに限界を感じ、久しぶりに早退して、ふらりとスーパーへ向かいました。
平日の夕方、まだ明るい時間にスーパーが開いている。スーパーに来れたのはいつぶりだろう?
それだけのことなのに、野菜コーナーで、ふいに涙が溢れました。
スーパーに買い物すら来ることができない、
平日に家事を一つもこなす体力が残っていない、
そんな自分が「妻としても情けない」と感じてしまう。
そして、自分が食べたい物が分からない。
その日は何も買えませんでした。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
私はこのまま壊れてしまうのではないかと、初めて本気で怖くなりました。
会社に復帰して3か月、涙が出なかった日はほとんどありませんでした。
そして、うつ状態だと診断されました。
海外旅行先で見た美しい景色と人々と、
自分の暮らしの中にある現実とのギャップが大きすぎて、抱えきれなくなってしまいました。
でも。
いつもすぐに駆けつけてくれて一緒にいてくれた母、
理解をして話を聞いてくれた先輩や上司、
あたたかいメッセージをくれた友人、
事情をいつも全部わかってくれて、
こんな状態でも「自分の人生が好きだ!」と思わせてくれた夫。
関わってくれた全員に感謝をしています。

旅が悪いわけじゃない、
むしろ救われていた。
旅に“頼りすぎた”自分がいただけ。
明確な理想があったのに、現実を変える努力をしなかった。
その矛盾が、自分を一番苦しめていたのかもしれません。
今は「理想を現実に近づけるために、止まってみる」という選択をしています。
むしろ、これからどう動いていけるのか、自分なりに模索しているところです。
自分が幸せに生きるために、自分で行動したい。
平日の自分も自分らしく生きたい。
人の生活を羨むのではなく、
自分自身の日々の暮らしを大切に過ごしたい。
週末や連休だけではなくて、
生活の基盤にいる自分を大切に、
自分で自分を幸せにしてあげること。

旅行はやっぱり好き。
人生で世界のいろんな美しい景色をみたことで、
本当にたくさん、たくさん救われてきました。
今回自分がこのような状況になったことで、
旅は消費するものではなくて、
自分を作ってくれるピースなんだと気づかされました。
海外旅行は、もう“逃げる手段”じゃない。
自分にできることは何か
海外で見た暮らしと、
自分の人生をどう結びつけられるのか
何かを届けたり、誰かとつながったり、
そんな形で旅が仕事や生き方につながる可能性はないか。
今はゆっくりヒントを探す時間にしたいと思っています。
焦らず、少しずつでも、旅で得たピースを、これからの人生に組み合わせていきたい。
旅先で感じた「理想の暮らし」を、いつか現実にしていけるように。
一回きりの人生を自分で楽しく設計しなおす。
この覚悟は一生忘れないようにしたい。
旅に救われてきたからこそ、
自分の過去の旅路が、
今、悩んでいる誰かの背中をそっと押すものになりますように。
もしあなたの心が今少しでも苦しいのなら、
遠いどこかの景色だけでなく、
あなた自身の“いま”の目の前の生活の中にも、
静かな幸せや、美しい風景が
どうか見つかりますように。

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