子どもの頃に欲しかった言葉を、44歳の今もらった。
6日間、夏休みをとった。
やっと休みだー🙌✨
お正月ぶりに実家に帰る。
仕事のあと夕方の出発だったけど、無事に実家に着いた。
でも、あいにくの雨、雨、雨。
計画していた山や川へは行けなかった。
結局、実家でゆっくりしていた。
娘ができてから、私も親のことを「じぃじ」「ばぁば」と呼ぶようになった。
じぃじは酒飲みだ。
でも、色々と病気をして、普段は飲まない。
だけど、私たちが来ると、やっぱり話したいし、飲みたいのだ。
そんなじぃじを見ながら、子どもの頃のことを思い出していた。
私は子どもの頃、父親が苦手だった。
とても怖かった。
目もつりあがっていたし、怒る口調も顔も怖かった。
近寄りがたかった。
2人きりになると、どうしていいかわからないほど苦手だった。
父親の口癖は、
「金が無いんじゃ、しょうがねー」
だった。
うちは、お金がない。
それが当たり前だった。
私は次女だったこともあって、自分のために特別に何かをしてもらった記憶が、あまりない。
お下がりも多かった。
何か欲しいものがあっても、
「これ、高いよね」
と一度自分の中で考えて、
「これなら、いいよって言ってもらえそう」
というものを選んでいた。
欲しいものを欲しいと言う前に、自分で選択肢を狭める癖がついていたんだと思う。
そんな中で、今でも覚えているのが、クリスマスに買ってもらったキーボードだ。
電気屋さんのチラシで特価になっていた。
ちゃんと並んでいたのに、私の目の前で売り切れた。
するとじぃじが、あの怖い顔と怖い口調で店員さんに文句を言った。
今だったらちょっと考えられないけど、あの頃だから許されたのかもしれない。
すると奇跡的に、
「もう一台あります」
となった。
あれは嬉しかった。
じぃじもギターをやっていたから、私が楽器をやることには賛成だったんだと思う。
ちゃんと並んでいたのに買えなかったことに怒ってくれたことも含めて、今でもよく覚えている。
じぃじは少ない給料の中から、
生活費、家のローン、教育費。
おばあちゃんのことも養っていた。
その中で、自分の好きなギターにもお金を使いたかったんだと思う。
そうしていたら、子どもに回せるお金が少なくなる。
今なら、それもわかる。
私も親になって、少しずつわかるようになった。
じぃじにも、じぃじの人生があった。
私にも、私の人生がある。
そんなことを思いながら、夜、じぃじと何気なく話していた。
昔なら聞いてもこなかったのに、
「病気はどうなんだ?」
と聞いてくる。
なんか、こういう会話が恥ずかしいというか、むず痒いというか。
親と語るのが苦手で、今まで話すことを避けてきた。
でも、その日は少し違った。
じぃじが、こんなに色白かったっけ?
そう思うほど、血色がなかった。
腎臓が悪い。
心臓も手術している。
血圧も高い。
見ていて、歳を感じた。
心の奥で、少し覚悟はしている。
歳も歳だし。
人生、いつ何が起こるかわからない。
もしかしたら、これが最後になるかもしれない。
そんな不安があるからなのか、自然と色々話していた。
仕事を変えたこと。
電車で通っていること。
子育てのこと。
noteで記事を書いていること。
またピアノを弾きたいこと。
そんな話をした。
すると、じぃじも昔の話をしてくれた。
近所のおじさんに可愛がってもらって、面倒をみてもらっていたこと。
そのおじさんに、ピンチのときにお金を借りたこと。
そして、
「返さなくていいから、自分のために使え」
と言われたこと。
そんな話を、私は初めて聞いた。
そして、突然じぃじが立ち上がった。
ガサゴソし出した。
「これ使いな!」
お金を差し出してきた。
「やりたいことのために使いな!」
あ、ありがとう……。
なんか、すごく照れくさい。
でも、ありがたかった。
昔は、そんなこと言われたことなかった。
「何かあったら、いつでも相談したらいい」
とも言ってくれた。
昔のじぃじからは、想像できない言葉だった。
じぃじが昔もらった優しさが、
時間を超えて、今の私に繋がったような気がした。
あっという間に自宅に帰る日が来た。
バーベキューも花火も、ひとつもできなかった。
でも、それはそれで思い出になって帰ってきた。
その夜、私はじぃじのことがずっと気になっていた。
色々考えながら、お風呂上がりに髪を乾かしていたら、突然ドライヤーが壊れた。
まだ買って3年も経っていない。
今まで何ともなかったのに、すごいスパークをして壊れた。
「まじか。」
ネットで調べていると、
「誰かの不幸の身代わりに、家電が壊れることがある」
という言葉が目に入った。
なんか、
「これだ!」
と思ってしまった。
もちろん、ただドライヤーが壊れただけだ。
でも、じぃじの身体のことがずっと気になっていた私は、
「もしかしたら、じぃじの身代わりになってくれたのかも」
と思った。
そう思ったら、なんだか少し安心した。
「じゃあ、あのお小遣いで新しいドライヤーを買えばいいじゃん」
そう思った。
そして、ふと思った。
私は今まで、自由になりたいと思って生きてきた。
でも、本当は自由そのものが欲しかったわけじゃないのかもしれない。
私は、親にいちばんの味方になってもらいたかったんだと思う。
じぃじも、きっと私の味方でいたかったんだと思う。
ただ、あの頃は家族を養うことで精一杯だった。
それが今なら、少しわかる。
「やりたいことのために使いな」
子どもの頃に欲しかった言葉を、44歳の今もらった。
私は今、自由をもらった気がした。
そして、その自由は、
私を少し安心させてくれた。

