私は、ちゃんと叱られたかった。
私は、ちゃんと叱られたかった。
否定は、「お前がダメだ」と存在を止める。
叱るは、「ここを直せ」と行動を動かす。
同じように厳しい言葉でも、脳のスイッチはまるで違う。
本来、叱ることは否定じゃなくて、
間違いを未来に繋げることだと思う。
でも今の世の中、叱るも、否定も、同じ扱いになっている気がする。
受け取る側も、マイナスな言葉は全部「否定」って捉えてしまう。
特に私みたいに不安障害や病気を抱えていると、
周りが「変えた方がいい」と思うことがあっても、言ってもらえない。
これ以上悪化してほしくない、とか。
自分の言葉で傷つけたらどうしよう、とか。
そういう気遣いだと思う。
それは、たしかに優しさだと思う。
でも、優しさでは人は変われない。
私は、不安症状がまだ強かった頃、
薬で治療しながら、歩いて行ける距離の職場でパートをしていた。
年齢的にはまだ若いのに、働くのは短い時間だけ。
パニック障害のことは上司以外には話していなかった。
だから、周りからよく言われた。
「もっと働かないの?」
「休みは家で何してるの?」
多分、その人たちは悪気はなかったと思う。
病気のことを知らないから、
周りと違う私のことが気になったんだと思う。
でも私は、その言葉を聞くたびにムカついていた。
何も知らないくせに、って。
そして、違う解釈で受け止めていた。
「甘えてない?」
「どうせ暇でしょ?」
誰もそんなことは言っていない。
でも、この時の私にはそう聞こえていた。
それは、自分が一番そう思っていたから。
自分が自分のことを、一番否定していたから。
だから、他人に言われると、腹が立った。
でも同時に、どうしたらいいか分からなかった。
「あなたはダメじゃない。
でも、このままだともっと苦しくなる。
だから、一緒に変えていこう」
そう言ってほしかったのかもしれない。
本当は、「どこをどう変えればいいか」を教えてほしかった。
「どこを直せばいいか」
それさえ分かれば、前に進めたと思う。
この言葉があったら、小さな一歩を踏み出せたのかも。
タラレバの話になっちゃうけど。
もし、自分が言われてムカついたり、傷つくことがあったら。
それは一番の悩みで、変わるチャンスなのかもしれない。
でも大丈夫。
小さくても、前に進んでいける。
私は人より時間がかかってしまったけど、
この頃の私より、ずっと生きやすくなった。
キャリアやお金は無いけど、
お金では買えないものを手に入れた。
それを、これからの私の人生に活かしていこうと思う。
もし同じように悩んでいる人がいたら、
私のことを少し思い出してもらえたら嬉しい。
未来の自分は、きっと進めているから。
