遠回りの人生には、宿題がある。
この世に生まれてきた意味は豊かになることでも、幸せになることでもないのかもしれない。
私はこう思っています。
人は一人一人、宿題を与えられて生まれてくる。
その宿題が何なのかに気づき、それを解いていくこと。
それが生きるということなんじゃないか。
そして人生の中でその課題を乗り越えたときに見つけた答えをあの世に持ち帰る。
それがこの世に生まれてきた意味なのではないか。
私はずっと逃げてばかりの人生を生きてきました。
不安から逃げる。嫌なことから逃げる。向き合うのが怖くて、違う道を選ぶ。
でも逃げるたびにまた困難がやってきました。
そしてまた逃げると次の困難がやってくる。
気づけば私の人生は遠回りばかりでした。
でも最近、思うんです。
あれはきっと人生が教えてくれていたんだと思います。
「そっちじゃないよ」
と。
逃げるたびに人生がもう一度同じ問題を持ってくる。
気づいて。向き合って。
そう言われていたのかもしれません。
だから今は思います。
遠回りの人生は無駄じゃない。
遠回りしたからこそ自分の人生の宿題に気づけた。
私の人生の宿題は逃げないこと。
自分の人生を自分で選ぶこと。
そして今私はその宿題に取り組んでいる途中です。
だからもし今
布団から出られずスマホを眺めながら絶望している人がいたら。
生活のために副業を始めても上手くいかず落ち込んでいる人がいたら。
SNSのキラキラした世界を見て自分の人生を醜く感じてしまう人がいたら。
伝えたいことがあります。
その人生の中にこそ、あなたの宿題があるのかもしれないということ。
遠回りの人生には乗り越えなければならない宿題が隠されているのかもしれない。
そしてその宿題を解いたときあなたにしか見えない景色がきっと待っている。
私はそう信じています。
あなたの宿題は何ですか?
