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「いいですね、持ち帰って検討します」で、僕はずっと逃げていた

正直に書く。

ある商社の担当者のことを、長いあいだ、熱意だけは人一倍の人、くらいにしか思っていなかった。

前職のメーカー商社にいた頃の話だ。当時の僕は、たくさんの仕入先や取引先を抱えていた。彼の会社は、そのうちの一社にすぎない。

しかも取引額でいえば、下のほうだった。売上をみたら、しれている。なのに、提案の頻度だけはどこよりも多い。会うたびに何かを持ってくる。愛想もいい。

向こうは仕入先だった。その商材を売るかどうかは、こっちの裁量。だから僕は、いくらでも軽くあしらえた。

熱量が、ウザかった。

しつこいな、と思っていた。


(ラジオ・ポッドキャスト風の音声でも聞けます)



「持ち帰って検討します」

彼の提案は、熱意に満ちていた。資料作成のセンスはイマイチだけど口頭で補足するタイプ。でも、刺さらない。僕が本当にほしいものとは、いつも半歩ずれている。

だから僕は、いつもの言葉で受け流していた。

「いいですね。持ち帰って検討します」

決まり文句だ。やんわり断るための、便利な逃げ口上。たぶん彼も、わかっていたと思う。

会食には行った。話していてとっても楽しい人ではあったから。でも、それ以上でも以下でもない。うまい飯を食って、いい話を聞いて、また連絡しますね、と席を立つ。

タダ飯、うまかったな。

いま思い出すと、なかなか感じの悪い客だ。向こうは毎回、本気の球を投げてくる。なのにこっちは、グローブを構えてすらいなかった。

小学校から高校まで、僕はずっと野球をやっていた。だからか、人付き合いまで、つい投げる側と受ける側で見てしまう。


ある日の球が、ど真ん中だった

風向きが変わったのは、ほんの一瞬の提案だった。

いつものように持ってきた、一つの案。それが、まさに僕が求めていたものだった。半歩ずれていたはずの距離が、その日だけ、ぴたりと重なった。

たぶん、偶然ではない。何十球も投げ続けていれば、いつか芯を捉える。彼はそれをやっていただけだ。断られても断られても、また次を持ってくる。僕が受け流していた時間は、向こうにとっては助走だった。

提案が刺さった瞬間の、彼の顔をいまも覚えている。やっと届いた、という顔だった。

そこから、関係が動き出した。


気づけば、社内コンペに外部から一社だけ混じっていた

風向きが変わってからの僕は、自分でも意外なほど前のめりだった。

毎月、頼まれてもいないのに「月次報告」と称して、向こうに情報を送るようになった。数字だけじゃない。最近の事例、業界のトピックス、これから仕掛けたい戦略まで、自主的に並べた。報告というより、一緒に考えるための共有だった。

あとになって、人づてに聞いた話がある。あの会社にとっても、後にも先にも、あんなふうに向き合ってきたパートナーはいなかったらしい。桂川さんからマーケティングを勉強させてもらった、とまで言ってくれていたらしい。こういうのは、書いていて少し照れる。実際のところは、僕のほうがよほど学ばせてもらっていた。

付き合いは、どんどんウェットになっていった。担当者同士で詰めるだけでなく、要所では、向こうの上司と話せる場を、僕のほうから整えた。そして気づけば、その会社は前職の社内コンペにまで呼ばれていた。外部から、ただ一社だけ。

ただ、呼んだのは僕じゃない。僕がやったのは、社内の該当部門につないだところまでだ。そこから先は、つないだ相手が引っ張ってくれた。手柄にするのは、ちょっと違う。

数年後、担当者一人の付き合いではなくなっていた。会社対会社で、深い関係になっていた。


MDFは、頼んで出るものじゃない

MDF(Marketing Development Fund)という原資がある。メーカーが出す販促支援金のことだ。彼らとは、これを使って市場に仕掛けたことが、一度や二度ではない。僕が温めていた戦略をぶつけると、向こうが原資を用意くれる。二人三脚で、市場を動かした。

なぜ、それができたのか。

彼らの社内の評価の仕組みを、僕が聞いていたからだ。担当者がどう評価されるのか、何を達成すれば社内で報われるのか。それを聞くなかで、MDFという原資の存在に行き当たった。仕組みは、知らなければ使えない。

相手の評価の仕組みを聞く。これは僕が、昔からよくやることだ。

不躾に思われそうだが、理由がある。会社のKPIは、もちろん大事だ。でも、組織は勝手には動かない。最終的に体を動かすのは、目の前にいる、たった一人の担当者だ。その人の個人的な目標——僕はこれを野心と呼んでいる——が、この狙いと重なったとき、初めて物事は転がりだす。


動くのは組織じゃない

野心、と言うと大げさかもしれない。

昇進したい。社内で一目置かれたい。この案件を成功させて、次のキャリアにつなげたい。その程度の、生々しくて、健全な欲のことだ。

最近、才流でパートナー企業の担当者400人に調査をした。取引が前年より伸びているグループと、そうでないグループで、行動や意識に差があるのかを調べたものだ。

数字は、はっきり出た。

取引を伸ばしている担当者ほど、メーカーの窓口だけでなく、その上司にまで感謝を伝えている。伸びているグループで84.7%、そうでないグループで52.2%。MDFも、用途を選ばず使い倒す。一人あたりの活用用途は、伸びているグループが平均2.3で、そうでないグループのおよそ二倍だった。そして彼らは、アワードや資格といった個人向けの仕組みに、お金だけじゃないメリットを感じている。

この調査結果を見て、少し笑ってしまった。見に覚えのある動きばかりだった。

人への関わりと、仕組みの活用。この二つの軸で担当者を四つに分けると、両方が高い一群だけが抜けて取引を伸ばしていた。調査では、それを二刀流と呼んでいる。

二刀流だったのは、あの商社じゃない。パートナーの席にいた、僕のほうだった。 大谷翔平には、遠く及ばない。せいぜい、草野球の二刀流だけれど。

パートナー担当者の4タイプ(出典:才流『IT製品のパートナービジネスにおけるロイヤルティプログラムの実態調査』をもとに作成)


ただ、調査が見せてくれるのは、伸びている担当者が「何を」しているか、までだ。なぜそう動けたのか、その内側までは、数字は教えてくれない。

そこは、当時パートナーの側にいた僕が、いちばんよく知っている。

僕は、向こうの担当者の野心を読んでいた。この施策が当たれば、あの人が社内でどう報われるのか。だから向こうの上司を立て、感謝を伝え、相手が動きやすいように場を整えた。原資を引き出せたのも、その延長だ。関係づくり、というときれいに聞こえる。でも実際は、もっと打算的で、もっと人間くさい。


いまも、評価の仕組みから聞く

新しい相手と組むとき、僕はまず、評価の仕組みを聞く。

組織図を眺めるより先に、目の前の人がどんな野心を抱えているのかを知りたいからだ。それがわかれば、どこを押せば物事が動くのかが、うっすら見えてくる。

あの頃の僕は、熱量をウザがっていた。タダ飯だと思っていた。決まり文句で、何度も受け流していた。

そんな僕が、いつのまにか、いちばん深く付き合う一社をつくっていた。

調査が勝ちパターンと名づけたものを、たぶん僕は、名前も知らないままやっていた。いまも、同じ癖で、相手の野心を聞いている。無邪気に。

たいして、進歩がないのかもしれない。



この記事で触れた調査は、以下に公開されています。サマリー版のレポートもダウンロードできます。

パートナービジネス実態調査|伸びているパートナー企業の担当者はMDFを使い倒し、メーカー担当者の上司にも感謝を伝えていた


※この話は実際の経験をもとにしていますが、登場する個人や企業が特定されないよう、細部はぼかし、少し脚色しています。当時の相手が読んだら、そんなに格好よくなかったよ、と笑われそうですが。


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桂川 誠 | パートナービジネス戦略 著者&パートナー戦略研究会主宰者 読んでいただきありがとうございます。拙い文章で恐縮ですが、日頃の気づきをシェアしていきたいと思っています。 サポートいただけると嬉しいです!