まだ頑張れる。だから、今日はここまで。「ソードの4」
まだできる。
もう少しだけ、
やっておこう。
ここまで来たなら、
あと一つ。
調子がいい日は、
ついそんなふうに思う。
疲れていない。
まだ動ける。
やる気もある。
だったら、
もう少し頑張った方がいいような気がする。
でも、
今日はあえて、
ここで終わりにする。
そんな選択があってもいい。
ソードの4には、
横になって休む人物が描かれている。
昔のタロットメモには、
「働き過ぎのときに、
しばしば現れるカード」
と書いていた。
そして後半には、
こんなことも書いてある。
疲れたから休むのではない。
勢いが衰えたから、
仕方なく休むのでもない。
休むことで何かを得るために、
自分から休む。
それが、
本当の休息なのだ、と。
なかなかオトナなことを、
昔の私は書いている(照)。
でも、
今読むと、
ちょっとわかる気がする。
休むというと、
何か理由があってするもののように思える。
疲れたから。
体調が悪いから。
もう集中できないから。
何か理由があって、
ようやく、
「今日は休んでもいい。」
と自分に許可を出す。
でも、
限界まで頑張らなければ、
休んではいけない?
そんなことは、ない。
まだ元気でも、
休んでいい。
まだやる気があっても、
今日はここまでにしていい。
むしろ、
少し余力を残して終わるから、
また明日、
続きをやろうと思えることもある。
休むことは、
頑張ることの反対ではない。
長く続けていくための、
一つの方法でもある。
仕事でも、
勉強でも、
何か新しいことへの挑戦でも。
ずっと同じ勢いで、
走り続けられるわけではない。
調子のいい日もある。
進まない日もある。
ときには、
自分から立ち止まる日もある。
それを全部ひっくるめて、
前に進んでいるのだと思う。
メモには、
「人はずっと勝ち続けることはできない」
とも書いてあった。
だから、
勢いが落ちるまで待たなくてもいい。
倒れるまで、
走らなくてもいい。
「まだできるけど、
今日はここまで。」
そうやって、
自分で区切る。
休む時間まで含めて、
自分のペースをつくっていく。
そう考えると、
休むことへの罪悪感も、
少しだけ減るような気がする。
今日は、
何もしなかった日ではない。
ちゃんと休んだ日。
それでいい(言い訳でもいい)。
【今日の問い】
「まだ頑張れるけど、
今日はここまで。」
そう決めてもいいことはありますか。
少し余力を残して休むとしたら、
その時間を、
どう過ごしたいですか。
