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【人物】第1回 上杉鷹山:民の苦しみから逃げなかった改革の人

今回から、人物シリーズを始めます。
「歴史を動かしたのは、“表に出ない情熱”だった」

吉田松陰、空海、楠木正成、高杉晋作――。
教科書では語られない「人間の本音」と「人生後半」に迫るシリーズです。

成功談ではありません。
迷い、孤独、敗北、沈黙。
それでもなぜ彼らは、人を動かしたのか。

AI時代だからこそ響く、
“人間の熱量”を掘り起こします。
第1回は上杉鷹山です。
上杉鷹山という人は、言葉だけが一人歩きしやすい人かもしれません。
「なせば成る」。
あまりにも有名です。
だから、努力をすすめる立派な人、というところで話が終わりがちです。

けれど、鷹山の本当の重さは、あの言葉の勢いの中にはありません。
むしろ逆です。
米沢藩という、もう簡単には立ち直れないほど疲れきった場所に入っていき、その重たさから逃げなかったところにあります。

米沢藩は苦しかった。
財政は深く傷み、藩士の暮らしも軽くはなかった。
藩の体面だけを守っていても、下では人がやせていく。
そういう状態だったのでしょう。

こういうとき、上に立つ者には二つの道があります。
ひとつは、苦しい現実を見ながら、見ないふりをすること。
もうひとつは、その苦しさを、自分の仕事として引き受けることです。
鷹山は後者を選んだ。

しかも、この人の改革は、自分は高いところに座ったまま「倹約せよ」と命じるようなやり方ではありませんでした。
まず、自分から削った。
衣服を改め、膳を改め、暮らしの贅を削った。
この順番が大きいのです。

人は、理屈より先に、上の人間の暮らし方を見ます。
倹約を説く藩主の膳が豪華なら、家臣は口では従っても、心ではついていかない。
逆に、上に立つ人がほんとうに身を削っているとわかると、言葉に重みが出る。
鷹山は、そのことをよく知っていたのでしょう。

ただ、倹約だけでは藩は立ち直りません。
節約は、出ていくものを減らすことではあっても、新しく生きる力を作ることではないからです。
鷹山が本当に見ていたのは、その先だったはずです。

米沢では、養蚕、織物、青苧、漆といった産物に力を入れていった。
要するに、「この土地で何を育て、何を作り、何で立っていくか」を考えたのです。
これは地味です。
派手な改革ではありません。
けれど、藩を立て直すとは、結局こういうことなのでしょう。
帳面の上で数字を整えるだけではなく、土地と人の手から、もう一度生きる力を起こしていくことです。

ここに、鷹山という人の実務の強さがあります。
夢のような話をしなかった。
奇跡を待たなかった。
あるものを見て、育てられるものを育て、人が働ける形を作ろうとした。
改革というより、土を耕し直すような仕事です。

学問にも力を入れました。
藩校興譲館は、その象徴でしょう。
苦しいときほど教育どころではない、と思いがちです。
今日食べるものが足りないのに、学問どころか。
そういう声もあったはずです。
けれど鷹山は、人が育たなければ藩も立たないことを知っていた。
目先の穴を塞ぐだけでは足りない。
次に支える人間を育てなければ、立て直しは続かない。
この見方は、かなり遠くを見ています。

鷹山の背後には、細井平洲の教えもあります。
学問とは、飾りではなく、人の生き方と政治の中に生きるものだという感覚です。
その影響もあってか、鷹山の改革は、ただの財政再建では終わっていない。
上に立つ者がどうあるべきか、民をどう見るべきか、人をどう育てるべきか。
そこまで含んでいます。

そして、この人のいちばん大事な言葉は、「なせば成る」より、むしろ伝国の辞の方かもしれません。

国というものは、先祖から私するために預かったものではない。
子孫へ伝えるために、いま一時あずかっているものだ。
だいたいそういう意味のことを、鷹山は残しています。

私は、この言葉に触れるたび、背筋が伸びます。
藩主でありながら、国を自分のものだと思っていない。
預かりものだと言っている。
これは簡単なようで、なかなかできることではありません。

人は、手にしたものを自分のものだと思うと、そこから壊れ始めます。
地位でも、財でも、組織でも、家でもそうです。
自分のものだと思えば、短く使い、好きに削り、後のことを考えなくなる。
けれど預かりものだと思えば、少し態度が変わる。
壊さないようにする。
次へ渡せる形を考える。
鷹山の改革には、この感覚がずっと通っています。

だからこそ、この人はただの倹約家でも、ただの熱血改革者でもない。
「自分の代だけをしのぐ」のではなく、「次へ渡せる形に戻す」ことを考えた人です。
それは、目先の人気取りよりずっと難しい。
すぐ成果が見えないことも多い。
痛みも反発もある。
家臣の中にも、不満はあったでしょう。
改革は、言うほど美しいだけの仕事ではありません。
切られるものがあり、我慢を強いられる者も出る。
鷹山も、その苦さをよく知っていたはずです。

それでもやめなかった。
そこに、この人の芯があります。

私は、上杉鷹山を見ていると、「立派」とは何かを考えさせられます。
能力が高いことか。
言葉が強いことか。
決断が早いことか。
もちろんそれも要るのでしょう。
けれど最後に残るのは、やはり、苦しい現実から逃げないことではないか。
見たくないものを見て、引き受けたくないものを引き受け、なお次へつなぐ形を探すこと。
鷹山は、その意味で立派な人だったのだと思います。

しかも、この人の立派さは、どこか静かです。
英雄のように前へ出る感じではない。
壊れかけたものを、少しずつ立て直していく。
人が生きられる場所を、もう一度作り直していく。
そういう地味な仕事の中に、この人の大きさがある。

「なせば成る」という言葉も、そう考えるとずいぶん見え方が変わります。
ただ頑張れと言っているのではない。
苦しいから無理だ、で終わらせないで、あるものの中から道を探せ、と言っている。
しかもそれは、自分だけを励ます言葉ではなく、民の暮らしを背負った人の言葉です。
だから軽くない。

日本の良さは、華やかな勝ち方の中にだけあるのではないのでしょう。
むしろ、弱っているものをどう立て直すか。
苦しいものをどう見捨てないか。
自分のものとして握るのではなく、次へどう渡していくか。
そういう場面によく出るのかもしれません。

上杉鷹山は、そのことを生き方で示した人でした。
米沢藩を立て直した名君、という言い方でも間違いではありません。
けれど、それだけでは少し足りない。
この人は、民の苦しみから逃げず、預かったものを壊さず、次へ渡そうとした人です。
私はそこに、この国が大事にしてきた静かな強さを見るのです。

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